アイヌ語
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アイヌ語の「アイペッ(ay-pet)」(矢の川)に由来し、急流の川をたとえた地名とされています。
赤平市の地名は、アイヌ語に由来するとされ、「山稜の崖」や「赤い崖」を意味する言葉に漢字を当てたものと考えられている。
旭川市の地名は、アイヌ語の「チュプ・ペッ」(日・川)に由来し、後に「旭川」と意訳されました。
芦別市の地名はアイヌ語に由来し、「ハシュペッ(低木の中を流れる川)」または「アシペッ(切り立った川)」を語源とする説がある。
アイヌ語の「エショロ・ペッ」(沿って下る川)に由来するとされ、川沿いの道筋を表す地名が転訛して定着したと考えられています。
厚別区の地名は、区内を流れる厚別川の名に由来し、その川名はアイヌ語の「アッ・ペッ(樹皮の川)」にさかのぼるとされます。
「網走」はアイヌ語の「アパシリ」に由来するとされ、「入り口の地」「我らが見つけた土地」など複数の説が伝わる地名である。
石狩市の名は、石狩川を指すアイヌ語「イシカラペツ」に由来し、「曲がりくねって流れる川」や「神が美しくつくった川」などの意味を持つとされる。
今別町の地名は、アイヌ語の「ima-pet(イマ・ペッ)」に由来するとされ、意味は「鮭を取る川」と解釈されます。古い地名が津軽半島北西部に残った例として知られます。
歌志内市の地名は、アイヌ語の「ペンケウタシュナイ」に由来し、「砂のたくさんある沢」を意味するとされる。
アイヌ語の「ウライウシナイ(梁のある川)」、または「ウラシナイ(笹川)」に由来するとされる地名です。いずれも川の様子を表した説で、諸説あります。
浦幌町の地名はアイヌ語に由来し、「霧が多いところ」または「ヤマシャクヤクの所」とする二説が伝えられています。
雨竜町の地名は、雨竜川の名に由来し、アイヌ語の「ウリロペツ」(鵜の多い川)などから転訛したとされます。川辺に鵜が多くいたことにちなむと伝えられています。
恵庭市の地名は、アイヌ語の「エエンイワ(e-en-iwa)」に由来し、「鋭くとがった山」を意味するとされる。現在の恵庭岳を指した名称が転訛して「恵庭」となった。
江別の地名は、アイヌ語の「ユベオツ(サメのいる川)」や「イブツ(大事な場所への入口)」に由来するとされる。
アイヌ語の「エンルㇺ(enrum)」に由来し、「岬(突き出た頭)」を意味するとされます。別説として「エルㇺ(erum)=ネズミ」が転訛したとする説もあります。
アイヌ語の「ウイェペッ(u-ye-pet)」に由来し、「相・話する・川」を意味するとされます。天塩山中のアイヌが海浜のアイヌと語り合った川の名が、町名のもとになりました。
雄武町の地名は、アイヌ語の「オムイ」(河口が塞がる)に由来し、雄武川河口の波風の強さを表したものとされています。
アイヌ語の「イクㇱタモシㇼ」または「イクㇱウンシㇼ」に由来し、「向こう側の島」を意味するとされています。
アイヌ語の「オケトゥウンナイ」に由来し、「川尻に獣皮を乾かす張り枠のある川」を意味するとされます。緑川の呼び名が転訛して地名になったと伝えられます。
小樽の地名はアイヌ語の「オタ・オル・ナイ(砂浜の中の川)」または「オタルナイ」に由来するとされ、砂浜を流れる川を意味する地形由来の名称と考えられている。
アイヌ語の「オトイネㇷ゚」に由来し、川口の泥で濁った川、または川尻が泥んこである川を意味するとされます。音威子府川が天塩川に合流する地点の地形にちなむ地名です。
アイヌ語の「オトウンペ」または「オトペ」に由来し、川尻に沼がある場所を表した地名が転化したとされています。町内を流れる川は現在、姫川と呼ばれています。
帯広の地名は、アイヌ語の「オペレペレケプ(川尻がいくつにも裂けているところ)」に由来するとされ、後に「オベリベリ」が転じて現在の「帯広」になった。
上士幌町は、士幌の上流に位置することから「上士幌」と名付けられました。もとの「士幌」はアイヌ語由来とされ、広大な土地や急流を表す説があります。
上富良野町の地名は、アイヌ語の「フラヌイ」に由来する富良野に、富良野川の上流にあることを示す「上」を付けたものです。十勝岳周辺の硫黄臭や噴気にちなむとされます。
アイヌ語の「リコナイ」または「リㇼオナイ」に由来し、「登る沢」や「潮の差し入る川」を意味するとされます。川や海の流れに関わる地形を表した地名です。
北見市の名称は、松浦武四郎が命名した旧国名「北見国」に由来し、1942年に野付牛町が市制施行する際に改称された。
喜茂別町の地名は、アイヌ語の「キㇺオペッ(kim-o-pet)」に由来し、「山奥にある川」を意味するとされます。ほかに「キㇺウンペッ(kim-un-pet)」に由来する説もあります。
釧路の地名はアイヌ語に由来するとされ、「クスリ」「クシュル」「クッチャロ」など複数の語源説が伝わる。現在の漢字表記「釧路」は明治期に定められた。
江戸初期の「クスリ場所」に由来し、音の近い「釧路」の字が当てられた地名です。アイヌ語由来とされますが、語義には諸説あります。
栗山町の地名は、アイヌ語の「ヤム・ニ・ウシ」に由来し、「栗の木の繁茂しているところ」を意味するとされています。旧称の角田村から1949年に改称されました。
剣淵町の地名は、アイヌ語の「ケネペッ」や「ケネペップトゥ」などに由来し、ハンノキの生えていた川やその川口を表すと考えられています。
明治24年の駅逓所設置の際、ポンヤンベツ川付近の湧き水を「小さな清水」と意訳して名付けたことに由来します。アイヌ語の地名を和訳した説も伝わります。
東区の地名は、区内の伏古・丘珠・苗穂・鉄東などの各地名に由来があり、いずれもアイヌ語や開拓期の呼称をもとにしています。
更別村の地名は、アイヌ語の「サㇻペッ」に由来し、「葦原の川」「葦や茅が生い茂るところ」を意味するとされています。開拓以前の流域が湿地と草原に覆われていた自然環境を反映した地名です。
アイヌ語の「クテㇰウㇱイ(kutek-us-i)」に由来し、「鹿捕り柵のあるところ」を意味します。鹿を追い込んで捕らえた施設を表す地名を、漢字で「鹿追」と意訳したものです。
色丹村の地名は、アイヌ語の「シコタン(大きい・村)」に由来するとされます。北方四島の一つである色丹島の地名として知られ、村名もその島名に基づいています。
士別の地名は、アイヌ語の「シペッ(大いなる川)」に由来し、天塩川の豊かな流れを表した名称とされる。
アイヌ語の「シュウウォロー」が転訛したとされ、広大な土地を表す地名と伝えられています。町名は十勝の開拓史の中で定着しました。
アイヌ語で「清澄な川」を意味する語の意訳に由来し、駅逓名から町名へと定着しました。昭和期に清水村から清水町へ改称・町制施行されています。
町名はアイヌ語の「シャク(夏)」と「コタン(村・郷土)」に由来し、「夏の村」「夏場所」を意味するとされています。
白老町の地名は、アイヌ語の「シラウオイ(siraw-o-i)」に由来し、「虻の多いところ」を意味するとされます。ほかに「潮汐多きところ」とする説もあります。
知内町の地名は、アイヌ語の「チリ・オチ」(鳥のいる所)に由来するとされます。鷹の産地として知られ、松前藩の鷹狩りとも深い関わりがありました。
新篠津村の名称は、明治29年に篠津村(現在の江別市篠津地区)から分村して成立した新しい村であることに由来する。「篠津」はアイヌ語に由来するとされ、川や湿地の地形を表した地名と考えられている。
新ひだか町は、平成18年に静内町と三石町が合併して成立した町で、町名は旧日高地方にちなむ「日高」を継承しつつ新設されたものです。日高の名は松浦武四郎の命名による国名由来で、東方を意味する古名に通じます。
アイヌ語の「シュプキペツ(茅の多い川)」が転訛した地名で、町内を流れる朱太川に由来するとされます。
砂川市の地名は、アイヌ語「オタウシナイ(砂の多い川)」を和訳したことに由来する。
町名は公募で決まり、語源はアイヌ語の「セタルシュペナイ」から転じた「セタナイ」に由来するとされています。
アイヌ語の「so-pet(滝川)」に由来し、洞爺湖の水が流れ出して滝となる川を指した地名です。漢字の「壮瞥」は当て字です。
アイヌ語の「チカㇷ゚ウンイ(鳥・いる・ところ)」に由来し、大きな鳥のすむ場所を意味するとされます。のちに意味を汲んで「鷹栖」と漢字が当てられました。
滝川市の地名は、アイヌ語「ソーラプチ(滝下る所)」を意訳したもので、空知川の滝状の地形に由来するとされる。
アイヌ語に由来し、「通路のある川」や「舟の通る川」などを意味するとされます。現在の表記は、明治期の「秩父志別」を略したものと考えられています。
千歳市の地名は、もともとのアイヌ語地名「シコツ」を改称したもので、「鶴は千年、亀は万年」の故事にちなみ「千歳」と名付けられた。
天塩町の地名は、アイヌ語の「テシュ」系の語に由来し、ヤナ(魚を捕る仕掛け)を表すとされています。天塩川流域の漁労と深く結びついた地名です。
弟子屈町の地名は、アイヌ語の「テㇱカカ」に由来するとされ、岩盤が川を横切る場所や、その岸を表すと考えられています。
当別の地名はアイヌ語の「トーペッ(to-pet)」に由来し、「沼から来る川」あるいは「沼川」を意味するとされる。
遠野市の地名は、「中心地から見て遠い場所」を意味する説と、アイヌ語の「ト(湖)・ヌプ(丘)」に由来する説が伝わっています。
苫小牧の地名はアイヌ語に由来し、「沼の奥にある川」などを意味する語が転訛したものとされている。
町名はアイヌ語の「トエコロ」に由来し、「大きなフキが生えていたところ」といわれます。ほかに「人死して住まわざるところ」などの説も伝わります。
アイヌ語の「イペコㇿペッ(食物・を持つ・川)」に由来するとされ、豊かな川の恵みを表した地名です。町内を流れる川の存在とも結びつけて説明されています。
豊平区の地名は、アイヌ語の「トイェ・ピラ(崩れた崖)」に由来し、豊平川沿いの崖地を表した呼び名がもとになっています。明治以後に「豊平」と表記され、昭和47年に区名として定着しました。
十和田はアイヌ語に由来し「岩の多い湖」を意味するとされ、十和田湖の名称に由来する地名である。
アイヌ語で「長い沼」を意味するタンネトに由来し、その沼の名が町名のもとになりました。現在もタンネトーの碑が残されています。
七飯町の地名は、明治12年に七重村と飯田村が合併してできた「七飯村」に由来し、両村名の「七」と「飯」を合わせた合成地名です。
名寄市の地名はアイヌ語に由来し、名寄川と天塩川の合流地点を意味する「ナイオㇿプトゥ(nay-or-putu)」に由来するとされる。
アイヌ語の「ポロモイ(poro-moy)」に由来し、湾曲して緩やかに流れる場所を指した地名です。のちに「幌向」から、町制施行時に「南幌」と改められました。
アイヌ語の「ni-kap(木の皮・楡皮)」に由来し、楡皮の衣にちなむ地名です。もとは「ピポㇰ(岩下)」でしたが、文化6年に新冠へ改称されました。
ニセコ町の地名は、アイヌ語の「ニセイコアンヌプリ」に由来し、「切り立った崖の下を流れる川の山」を意味するとされます。もとは狩太町でしたが、観光地名としての「ニセコ」が定着し、1964年に町名が改称されました。
根室の地名はアイヌ語に由来し、「樹木が繁茂する所」や「木の湾」などを意味する語から転じたとされる。
アイヌ語に由来し、「原野を流れる川」を意味する語から転じたとされる地名。
登別の地名は、アイヌ語の「ヌプルペッ(色の濃い川)」に由来するとされ、温泉成分で白く濁る川の様子を表した名称である。
美唄の地名は、アイヌ語の「ピパ・オ・イ(沼の貝の多いところ)」に由来するとされる。
アイヌ語の「ピウカ(piwka)」に由来し、「石の多い場所」「小石原」などと解されます。天塩川の河原の地形を指した地名と考えられています。
アイヌ語の「ペポロ(pe-poro)」に由来し、水が多く清流が合流する豊かな場所を表すとされます。明治8年に漢字表記が「美幌」に統一されました。
アイヌ語の「ピルイペッ」に由来し、「砥石のとれる川」を意味するとされます。転訛して「ピロー」「ビロウ」などと呼ばれ、のちに広尾の地名として定着しました。
深川市の地名は、アイヌ語の「オオホ・ナイ(深い川)」に由来する説や、「メム(清い湧水のある場所)」に由来する説がある。
富良野の地名は、アイヌ語の「フラ・ヌ・イ(臭気をもつ所)」に由来するとされ、十勝岳の硫黄臭を含む川にちなむといわれる。
古平町の地名は、アイヌ語の「フレピラ(赤い崖)」などに由来するという説があり、古平川周辺の崖地形と結びつけて説明されています。
町名はアイヌ語の「マシュキニ」「マシュケ」に由来し、「かもめの多いところ」を意味するとされています。ニシンの群来で海にかもめが集まる景観にちなむと伝えられます。
札幌市南区の地名は、区内の「真駒内」などに見られるアイヌ語由来の地名や、精進川・石山のような自然や産業に由来する地名が集まって成立しています。
室蘭市の地名は、アイヌ語の「モ・ルエラニ」に由来し、「小さな・下り路」を意味するとされます。坂の多い地形を表した名が、明治以降に「室蘭」と表記されて定着しました。
紋別の地名は、アイヌ語の「モペッ(mo-pet)」に由来し、「静かな川」を意味するとされる。もともとは現在の藻鼈川周辺を指した地名である。
夕張の地名はアイヌ語に由来し、「ユーパロ(鉱泉の湧き出る所・温泉口)」を語源とする説が有力とされている。
余市町の地名は、アイヌ語由来とされ、温泉のある場所を意味する説と、蛇の多い場所を意味する説があります。いずれも山田秀三が両説を併記しています。
羅臼町の地名は、アイヌ語の「ラウシ(ra-us-i)」に由来し、「獣の骨のあるところ」などと解されます。知床半島東側の町として、自然と海の恵みを背景にした地名です。
蘭越町の地名は、アイヌ語の「ランコ・ウシ」(桂の木が多いところ)に由来します。現在の町名は、町制施行時に役場所在地の蘭越に合わせて改称されたものです。
アイヌ語の rik-un-pet(高い所にある川)に由来し、陸別川の名から町名が定着したと考えられています。
稚内の地名はアイヌ語「ヤㇺ・ワッカ・ナイ(冷たい水の沢)」に由来し、良質な飲み水が得られる沢を意味するとされる。
アイヌ語の「ワッサㇺ(wat-sam)」に由来し、「ニレの木の傍ら」を意味するとされます。ニレの木が繁茂していた土地にちなむ地名です。