都道府県名の由来
全国47都道府県の名前の語源・由来を地方別に紹介します。
北海道
東北
「青い森(常緑樹の林)」が港付近に広がっていたことに由来する。1871年(明治4年)の廃藩置県で青森県が成立し、港湾都市・青森が県名となった。
岩手山の地形に由来し「岩が出た場所」を意味するとする説と、三ツ石神社に伝わる鬼の手形伝説に由来するとする説がある。いずれも「岩」と「手(場所を示す語)」を語源とする。
宮城郡名に由来し、湿地を意味する「みやき(やき)」が転じた説と、塩竈神社や多賀城など宮や城の存在にちなむ説がある。1871年(明治4年)に仙台県から宮城県へ改称。
658年(斉明天皇4年)の『日本書紀』に「齶田(あぎた)」として登場するのが初出。「あぎ(上げ)」が転じた語で「周辺より高くなっている場所」を意味するとする地形由来説が有力。
平安時代の地誌『和名類聚抄』(931〜938年)に記された「最上郡山方(やまがた)郷」が語源で、中心部から見て山の奥寄り・山の方向にある土地を意味する。
文禄年間(1592〜1593年)に木村吉清が「杉目城」を「福島城」と改称したことに由来する。吹島(ふくしま)が転じた説と、縁起を担いで「福」の字を用いたとする説がある。
関東
県名は古代の茨城郡(いばらきぐん)に由来する。『常陸国風土記』に記された黒坂命が「茨の城」を設けて賊を討ったという説話が語源とされ、「うばらき」が母音交代により「いばらき」に変化した。
県名は明治4年(1871年)の廃藩置県時の県庁所在地「栃木町(現・栃木市)」に由来する。「栃木」の地名自体はトチノキ(栃の木)が多く自生していたとする説や、神社の千木に由来するとする説など諸説ある。
県名は明治4年(1871年)廃藩置県時の県庁所在地を含む「群馬郡(ぐんまぐん)」に由来する。「群馬」はもと「車(くるま)」と読み、古代の豪族「車持君」や川の曲流など諸説あるが、和銅6年(713年)の勅令で漢字二文字の「群馬」に改められた。
「埼玉」の県名は廃藩置県時に県庁設置予定地として計画された「埼玉郡」に由来する。「さきたま」は湿地や水辺の端を意味する地形由来の古称で、飛鳥時代には「前玉」と記されていた。
「千葉」の県名は設置時に県庁が置かれた「千葉郡千葉町」の名に由来する。「千葉」という地名の語源は「台地の端(ちば)」を意味する地形説が有力で、万葉集にもその名が見られる古称である。
「東京」の名は1868年(明治元年)の明治天皇の詔によって「江戸」を改称したもので、「東の京(みやこ)」を意味する。京都に対する東の都として命名され、日本の首都となった。
「神奈川」の県名は、東海道の宿場として栄えた神奈川宿(現・横浜市神奈川区)の地名に由来する。「かながわ」はかつてこの地を流れていた小川「上無川(かみなしがわ)」が転訛したものとされる。
中部
信濃川・阿賀野川河口に新しくできた干潟(潟)に由来する。「にいかた(新方)」が転訛して「にいがた(新潟)」になったとする説が有力で、永禄11年(1568年)の上杉謙信書状に初出する。
「富山」の地名は室町時代の「外山(とやま)」に由来し、呉羽山の外側(東側)に広がる地域を意味する。江戸時代に縁起のよい「富山」の字に改められ、廃藩置県で県名に採用された。
「石川」の県名は加賀地方にあった古代の郡名「石川郡」に由来する。石川郡の名は県最大の河川・手取川の古名「石川(石・岩の多い川)」に由来し、扇状地の砂礫地形を表す地名である。
「福井」の地名は江戸時代初期に城下町の「北庄」から改称されたものである。松平忠昌が「北」の字を敗北に通じるとして忌避し、城内の「福の井」という井戸にちなんで「福居」→「福井」と改めたとされる。
「山梨」の県名は律令制下から続く古代の郡名「山梨郡」に由来する。廃藩置県時に甲府県から改称された。「やまなし」は「山を成す(山平らし)」など複数の説があるが、古代からの地名がそのまま郡名・県名へと受け継がれた。
「長野」の県名は廃藩置県時に県庁が置かれた長野村(現・長野市)の地名に由来する。長野の地名自体は、善光寺平が「長く続く野(傾斜地)」であることから名付けられたと伝わる。
「岐阜」の地名は1567年に織田信長が美濃を攻略した後、旧地名「井口」を改称して命名したものである。中国の聖地「岐山」の「岐」と孔子生誕地「曲阜」の「阜」を組み合わせ、天下統一の志を込めた地名とされる。
「静岡」の地名は明治初期に命名された比較的新しい地名で、城下町の北西にある賤機山(しずはたやま)に由来する。「賤(しず)」の字が身分の低さを連想させるため、「静(しず)」の字に改めて「静岡」とした。
「愛知」の県名は古代の郡名「愛知郡」に由来する。「あいち(あゆち)」はかつて名古屋南部に広がった干潟「年魚市潟(あゆちがた)」を語源とし、崩落地形を意味する古語に遡る。
近畿
「三重」の県名は古代の郡名「三重郡」に由来する。「み(水)」+「え(辺)」で水辺の地形を表すとする説が有力。廃藩置県後に安濃津県として発足したが、県庁移転に伴い三重郡の名から「三重県」に改称された。
「滋賀」の県名は古代から続く郡名「滋賀郡」に由来する。「しが」の語源は「石の多い所」を意味する「シカ(石処)」や「砂地」を意味する「スカ」の転訛など複数の説があり、琵琶湖畔の地形と関係する。
「京都」は「首都・みやこ」を意味する漢語に由来し、794年の平安京遷都以来の地名である。「府」は明治政府が東京・大阪・京都の三大都市にのみ与えた特別な行政区分で、政治・文化の中心として他の県と区別された。
「大阪」の地名は室町時代の僧侶・蓮如が命名した「大坂」に由来する。「坂」が「土に返る」を意味して縁起が悪いとして、明治初期に「阪」へ改字された。「府」は東京・京都とともに三大都市のみに与えられた特別な行政区分である。
「兵庫」の地名は、天智天皇の治世に現在の神戸市兵庫区付近に設けられた「兵の武器庫(つわものぐら)」に由来するとされる。廃藩置県時に兵庫港のある港湾都市の地名が県名に採用された。
「奈良」の語源は土地を「平す(ならす)」に由来するという説が有力で、山に囲まれた盆地を切り開いて造成した地を表すとされる。古代の都・平城京が置かれた地で、廃藩置県後に一時大阪府に編入された後、1887年に独立した県として復活した。
「和歌山」の名は1585年(天正13年)、豊臣秀吉が紀伊を攻略した際に、名勝「和歌の浦(わかのうら)」にちなんで命名したとされる。城と城下町に「和歌の山」の名が与えられ、以後「和歌山」として定着した。
中国
水鳥を捕る職能集団『鳥取部(とっとりべ)』に由来し、その起源は『日本書紀』垂仁天皇の代に天湯河板挙が白鳥を捕獲した説話にまでさかのぼる。
県庁が置かれた松江城の旧所在地・島根郡(嶋根郡)に由来し、その地名は『出雲国風土記』において八束水臣津野命が命名したと伝わる。
岡山城が築かれた小高い丘(岡)に由来し、「岡の山」すなわち丘のある地形を意味する名称が城下町を経て県名に採用された。
戦国大名・毛利輝元が太田川河口の三角州に築城した際の地名に由来し、広大なデルタの島(洲)を意味する「広い島」から名付けられたとされる。
「山口」は「山の入り口」を意味する地名で、東鳳翩山などの山々への入り口にあたる地形から名付けられたとされる。
四国
「徳島」の名は1585年(天正13年)、蜂須賀家政が吉野川河口の三角州に築いた城を「徳島城」と命名したことに由来する。島状の地形と縁起の良い「徳」の字を組み合わせた命名とされる。
「香川」の県名は古代から続く郡名「香川郡」に由来する。「かがわ」の語源は「樺川(かばかわ)」の転訛や、花の香りが川に移る様子など複数の説がある。廃藩置県後に2度廃止・2度復活という日本唯一の波乱の歴史を持つ。
『古事記』の国生み神話で四国(伊予之二名島)の伊予国の魂に与えられた神名『愛比売(えひめ)』に由来し、『うるわしい女神』を意味する。
「高知」の地名は、山内一豊が鏡川と江の口川に囲まれた地形から「河中山(こうちやま)」と命名したことに由来する。水害連想を嫌い「高智」→「高知」と改字され、城名・城下町名から県名へと引き継がれた。
九州・沖縄
1600年の関ヶ原の戦い後、筑前国を与えられた黒田長政が、先祖ゆかりの備前国(岡山県)の地名「福岡」を新たな城下町に名付けたことに由来する。
地名の語源は『肥前国風土記』に登場する「サカ(栄)の国」に由来するとする説が最有力で、ヤマトタケルノミコトが巨大なクスノキを見て「栄の国」と呼んだことが転じたとされる。
鎌倉時代初期に地頭職を知行した長崎氏が「長い御崎(みさき)」に館を構えたことに由来するとする説が有力で、地名はその後この一族の名前として定着した。
もとは「隈本(くまもと)」と書き、戦国武将の加藤清正が「隈」の字に「畏れる」の意が含まれるとして「熊」に改字したのが現在の「熊本」の直接の起源とされる。
古来から国府が置かれていた大分郡(おおきたのこおり)に由来し、「おおきた(大北)」がイ音便によって「おおいた」に転じたものとされる。
「宮(神社)の前の地(崎)」を意味し、神社の前方にあたる場所「宮前(みやさき)」が転じたとする説が有力。奈良時代にはすでに「宮崎郡」の名が文献に登場する。
「カゴ(崖・断崖)」を意味する言葉と「シマ(島・地)」が組み合わさったとする説が有力で、桜島周辺の急峻な地形を指した地名が転じたとされる。
753年の遣唐使記録に「阿児奈波島(アコナハ島)」として登場するのが最古の記録で、「沖の漁場」や「置縄(釣り縄を置く場所)」に由来するとする説が有力とされる。