42件の地名を収録
古くは『味蜂間郡(あはちまごおり)』や『安八萬』と記された地名に由来し、発音の変化を経て安八町の名になったとされています。
岐阜県池田町の地名は、古代の「池田郷」に由来し、池や水田の広がる土地を表したと考えられます。町名は中世以来の地名を受け継いだものです。
昭和30年の合併で成立した町名で、奈良時代の「伊備郷」にさかのぼる「揖斐」に、町内を流れる揖斐川の名を重ねて付けられました。
市名は古代から見える「恵那」に由来し、郡名としても早くから用いられてきました。語源は定かではありませんが、胞衣(えな)に結びつける伝説が知られています。
古くは「大柿」とも書かれ、洪水に悩まされた地で大きな堤防や垣を築いたことに由来すると考えられています。
町名は旧大野郡に由来し、古代の地名「大野」を受け継いだものです。明治30年の合併時に旧郡名にちなみ新たに命名されました。
海津市の名は、旧海津郡に由来し、さらに海西郡と下石津郡を合わせた合成地名です。海西の「海」は古く尾張国海部郡にさかのぼるとされます。
各務原市の地名は、古代の「各務」や「各牟」に由来し、鏡作部や渡来系豪族に結びつける説が知られています。市制施行時に「各務原(かかみがはら)」が正式表記として採用されました。
笠松町の地名は、旧称「傘町」を改めたもので、陣屋移転の際に「笠松」と名付けられたと伝わります。木曽川沿いの港町として発展し、江戸期には笠松陣屋が置かれました。
可児の地名は、宮中の掃除を担った掃部寮(かにもり)に由来する説が有力とされます。蟹や可兒氏に結びつける説もありますが、定説には至っていません。
地名は約1300年前の「川辺郷」にさかのぼり、川のほとりを意味する「川辺」に由来します。飛騨川沿いの立地を反映した地名で、鎌倉時代には「川辺庄」とも呼ばれました。
北方町の地名は、生津荘の北部に位置したことに由来するとされます。古くは「美濃国北方郷」として見え、地理的位置を表す地名です。
岐南町の町名は、岐阜市の南に位置することに由来すると考えられています。1956年の合併・町制施行で成立した比較的新しい自治体名です。
1567年に織田信長が稲葉山城(現・岐阜城)へ入城した際、禅僧・沢彦宗恩の進言を受け、中国の聖地「岐山」と「曲阜」から一字ずつ取って命名した雅称に由来する。
郡上市の「郡上」は、古代に成立した郡上郡に由来する地名で、旧郡名が市名として受け継がれました。文献では「群上」とも書かれ、長良川上流域の地域名として定着しています。
下呂市の地名は、古代の駅家「下留(しものとまり)」が転じて「げる」「げろ」になったとされます。温泉地として知られる下呂の名は、白鷺伝説とともに広く伝わりました。
神戸町の地名は、神社に属する土地を意味する「神戸」に由来すると考えられます。町内の広神戸などの地名にも、その歴史的背景が残っています。
坂祝町の地名は、町内の坂祝神社に由来するとされます。古くは「坂祝(さかはふり)神社」と記され、地名の起源になったと伝えられています。
白川町の地名は、町内を流れる白川に由来すると考えられます。川の水が濁って白く見えたことや、大白川という川名との関係が示されています。
白川村の地名は「白い川」を意味し、庄川の水が白く濁って見えることに由来するとされます。白山由来の温泉成分や川の水色に着目した説が伝えられています。
不破関のあった原野を意味する地名で、古代の関所「不破関」に由来するとされます。関ケ原の戦いの舞台としても知られ、交通の要衝として発展しました。
関所が置かれた地に由来するという説が有力ですが、川をせき止めた場所や狭い地形を表す「セキ」に由来するとも考えられています。
高山市の地名は「高い山」の意味とする説のほか、「多賀山」が転じたとする説が有力です。城と地名の変遷を経て、江戸時代から見られる名称として定着しました。
多治見市の地名由来には複数の説があり、古代の部民名や皇子に由来する説、地形や川の流れに由来する説などが伝わります。いずれも決定説はなく、由来の確定していない地名です。
垂井町の地名は、古くから「垂井の泉」が歌枕「たるいの水」として詠まれてきたことに由来するとされます。町名はこの古い地名を受け継いだものです。
土岐市の「土岐」は古代の郡名に由来し、地形語の「とち」と同系で切り立った崖や急斜面を表すとする説が有力です。ただし由来には諸説あり、確定的な説明は残っていません。
町名は、古代の地名「富加」に由来し、半布里(はにゅうり)に比定される地域の歴史を受け継いでいます。古代の戸籍史料や中世の加治田の地名が、現在の町名成立の背景を示します。
中津川市の地名は、中心集落の中津川村に由来し、さらに中津川という川名へと結びつくと考えられています。市名は合併や市制施行を経て定着しました。
羽島市の名は、近代に羽栗郡と中島郡が合併してできた羽島郡に由来します。さらにその背景には、木曽川の洪水と流路変化による郡名の変遷があります。
村名は村内を流れる白川に由来し、白川の東側に位置することから「東白川村」と名づけられました。白川の名は、川の水が濁って白く見えることにちなむと伝えられます。
「飛騨」は古くから「ひだ」と読まれ、山の襞のような地形や、辺境を意味する「ひな」に由来する説があります。市名は旧国名の飛騨にちなみ、飛鳥時代以降に「飛騨」の字が定着しました。
町名は、町内北部にある七つの高峰「七宗山」に由来し、「宗」は祖霊舎や神の宿る場所を意味するとされます。古くから七宗山・七宗権現と呼ばれ、山岳信仰に結びついた地名です。
瑞浪市の地名は、土岐川の南にあることを示す「水の南」と、瑞穂の浪打つ町という意味を合わせて名づけられたとされます。市名決定時には旧瑞浪町案が採用され、駅名の影響もあったと伝えられます。
「瑞穂」は『古事記』『日本書紀』に見える日本の美称「豊葦原之瑞穂国」に由来し、豊かな稲穂の国を意味します。倭姫命の伝承が残る当地の歴史を踏まえて市名に採用されました。
「御嵩」は、清らかな山を敬って呼んだ「みたけ」に由来するとされます。地名表記は時代とともに変遷し、尊称を伴う形で定着しました。
市名は、美濃国加茂郡に由来します。1954年の市制施行時に、旧郡名を受け継いで「美濃加茂市」と名づけられました。
「美濃」は古くから諸説ある地名で、「御野」「三野」「水辺」などの説が知られます。美濃市はその名を受け継ぐ市名で、岐阜県南部の歴史ある地域名に由来します。
本巣市の地名は、本巣郡に由来し、郡名は飛鳥期の「本簀郡」にさかのぼるとされます。山地から平地へ出る川洲の元になった土地を表す「元洲」の意味と考えられています。
木曽川の舟運で栄えた湊町に由来し、「八百」は数の多さを表す美称とされます。町名は「津(港)が非常に多い」ことを示すという説が伝えられています。
市名は旧郡名の山県郡に由来し、さらに古くは『御野国山方郡』として正倉院の最古の戸籍に見える地名です。『山の方』を意味する地名とされ、山地に囲まれた地勢をよく表しています。
町名は、元正天皇が美泉にちなみ「養老」と改元した養老伝説に由来します。養老の滝や菊水泉の名と結びついた、めでたい地名です。
江戸期から使われていた「輪の内」が町名の由来で、洪水を防ぐために堤防で囲んだ輪中の内側を指す言葉に由来します。昭和29年の町制施行時に、そのまま町名として採用されました。