33件の地名を収録
「一ノ堰」が転じた説と、平泉の関所にちなむ説があり、北上川の治水や交通に関わる地名と考えられています。
一戸町の「戸(へ)」は、糠部地方に見られる「一戸」から「九戸」までの連続地名の一つで、古代の牧場・行政区画や交通路に由来するという説が有力です。
岩の間から湧き出る泉に由来するとされる地名です。地形と水に結びついた、わかりやすい命名といえます。
岩手町の地名は、岩手郡に由来し、さらに岩手山の噴火で生まれた岩の多い地形にちなむと考えられています。
平成18年の合併で誕生した市名で、旧国名の「奥州」に由来します。水沢市・江刺市などが一つになった新しい自治体名です。
大槌町の地名は、アイヌ語由来とされる説が有力で、「オオ・シツ・ウツ・ベツ」が訛ったものと考えられています。町内の大槌川・小鎚川に伝わる鬼打ち伝説も、地名の由来として語られています。
大船渡市の地名は、「大きな船着場」を意味するとされ、港としての性格をよく表しています。海に開けた地形と、船の出入りが盛んな土地柄に由来する地名です。
「矩(カネ)が崎」、つまり直角に曲がった州崎を表す地名とされます。ほかに「川根が崎」の略で、扇状地の出崎を意味する説もあります。
釜をつくる石が多く産したことや、アイヌ語由来など複数の説がある地名です。釜に似た石や甲子川の釜状の石にちなむ説も伝わります。
軽米町の地名は、焼畑用語の「カル」やアイヌ語由来など複数の説が伝わる地名です。崖地や流域、馬医にちなむ説もあり、由来は一つに定まりません。
北上市の地名は、北上川に面した地勢に由来すると考えられます。市名は合併で成立した新しい自治体名ですが、地域の中心を流れる川の名が基盤になっています。
久慈市の地名は、南北朝期から郡名として見られ、海食でえぐられて崩れた地形や、河口の船着場を表す語に由来するという説があります。
葛巻町の地名は、「葛の生えた牧場」を意味する「葛牧」や、傾斜地を崩して焼畑にした「葛蒔」に由来するという説があります。
九戸村の「九戸」は、糠部地方の「戸(へ)」に由来するとされ、馬産や貢馬に関わる広域的な区画名だったという説が有力です。
中世には「滴石」と呼ばれ、川底に石が多い地形を表す「沈く石」に由来する説と、雫石神社の湧き水「たんたん」にちなむ説があります。
北上川流域の地形や、志賀理和気神社・志和稲荷神社に由来する説などが伝わる地名です。古くは「志和」「斯波」「子波」などの表記も見られます。
住田町は、上有住村・下有住村・世田米町の合併で成立した合成地名です。町名は「住」と「田」を組み合わせたもので、当初案の「鳴瀬町」から変更されました。
市名は、地内を流れる「滝のある河川」に由来するとされます。岩手県の文化情報大事典でも、滝沢村の由来としてこの説が紹介されています。
田野畑村の地名は、「畑のある土地」または「撓(タ)わの畑」を意味するとされ、盆地状の地形や畑地に由来する可能性があると伝えられています。
遠野市の地名は、「中心地から見て遠い場所」を意味する説と、アイヌ語の「ト(湖)・ヌプ(丘)」に由来する説が伝わっています。
西和賀町の地名は、岩手県の資料では「滝のある河川」を由来とする説が示されています。和賀地域の西側に位置することを踏まえた町名です。
二戸市の「二戸」は、糠部地方の「戸(へ)」地名の一つで、牧場や行政区画に由来すると考えられています。数字を冠した連続地名の一部として知られ、由来には複数の説があります。
村内を流れる宇部川・明内川流域の湿地や湿田を表す「ヌダ(沼田)」が転じたとされます。ほかに「野のある土地」や方言の「のだ」に由来する説もあります。
市名は、坂上田村麻呂が戦勝を祈願した八幡大菩薩にちなむ「八幡平」に由来するとされます。もとは山名で、神仏への感謝を込めて名づけられたと伝えられています。
花巻市の地名は、花の牧、北上川の花びらが渦を巻く景観、アイヌ語由来など複数の説があり、定説はありません。現在の「花巻」の表記は江戸時代初期に定着しました。
北上川の氾濫原にある平地の泉地、または山麓の清泉を表す地名とされます。平らな土地に湧く井戸や泉に由来するという説が伝わっています。
洋野町の地名は、種市岳の裾野にある舟繋場を意味する「撓根津(タワネツ)」の転訛など、複数の説が伝わっています。町名は合併時に新たに採用されたもので、旧地名の「種市」に由来する説もあります。
普代村の地名は、「二井」「塞井」「方言のふだい」「譜代」など複数の説が伝わり、開拓地や地形、家臣団に由来すると考えられています。
宮古市の地名は、古くから港町として栄えた土地柄に由来するとされます。岩手県の資料では由来の詳細は未記載ですが、一般には「宮古」の表記に複数の説があります。
「盛り上がり栄える岡」を意味する瑞祥地名。1691年(元禄4年)に第4代盛岡藩主・南部重信が連歌の一節にちなんで「盛岡」の表記を正式に定めた。
前九年の役にちなむ矢羽根の説と、段差のある湿地を表す地形由来の説があります。
山に囲まれた窪地を表す説や、山のふもとを意味する「山端」の略とする説があり、地形に由来する地名と考えられています。
市名は旧国名の「陸前」と、中心地の高田に由来します。高田は地形や集落名として定着した地名で、気仙地域の歴史を引き継いでいます。