語源
「盛岡」は「盛り上がり栄える岡」を意味する瑞祥地名(縁起を担いだ吉祥の地名)である。
1691年(元禄4年)、第4代盛岡藩主・南部重信が、盛岡城鬼門鎮護の寺院(真言宗豊山派永福寺)第42世住職・清珊法印との連歌の中に「盛岡」の字を詠んだことが由来とされる。この縁起ある表記を採用し、「盛り栄える」ことを願って「盛岡」が正式な地名として定まった。同時に藩名も「南部藩」から「盛岡藩」へ改称されている。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 中世以前 | 不来方 | 「巖手郡仁王郷不来方」。藩主が「心悪しき文字」として忌み嫌った |
| 1606年頃(慶長11年) | 森ケ岡 | 第2代藩主・南部利直が改称。算用状に登場 |
| 慶長〜元禄期 | 森岡 | 「森ケ岡」が転訛したもの |
| 1691年(元禄4年) | 盛岡 | 第4代藩主・南部重信が表記を「盛岡」と確定 |
地名の特徴
「不来方」という旧称は藩主に嫌われた忌み名であり、縁起の良い漢字への置き換えが強く求められた。「森岡(もりおか)」という音はそのままに、漢字だけを「盛岡」へ改めることで、城下町の繁栄を願う意志を表現している。現在でも不来方高校など、旧称を冠した施設が市内に残っている。