25件の地名を収録
足利市の地名は、古くからこの地を本拠とした足利氏に由来すると考えられています。中世の武家・学問の歴史を背景に、地名が広く定着しました。
昭和29年に市羽村と小貝村が合併した際、両村名から一字ずつ取って付けられた合成地名です。しかも旧・市羽村の名自体が市塙村と赤羽村の合成地名でした。
下野国の一宮・二荒山神社の別号「宇都宮大明神」に由来する地名。「一宮(いちのみや)」が転訛して「宇都宮(うつのみや)」になったとする説が有力で、鎌倉時代に現在の表記が定着した。
もとは「大俵」と書かれた地名で、大田原氏(もと大俵氏)はこの地名から名乗りました。のちに表記が「大田原」に改められましたが、「おおたわら」の語義は未詳です。
小山市の地名は、鎌倉時代から戦国時代にかけてこの地を本拠とした小山氏に由来するとされます。古くから交通の要衝として発展した歴史が、地名にも反映されています。
鹿沼市の地名は、古くは「鹿沼宿」などと記され、周辺に沼地が広がる土地に由来すると考えられています。市名の由来は諸説ありますが、地形に関わる名とみられます。
上三川町の地名は、河内郡内の三川郷に由来する説と、鬼怒川・江川・田川の三つの川にちなむ説があります。いずれも水辺の地形と深く結びついた地名です。
市名は桜の名所が多いことにちなみ、合併後の新市名として「さくら」が採用されました。春の景観を象徴する親しみやすい地名です。
佐野市の「佐野」は、平安時代の荘園名「佐野庄」にさかのぼるとされ、藤姓足利氏(佐野氏)ゆかりの地名として知られます。
塩谷町の地名は、古くからの郡名である塩谷に由来します。地形や塩に直接結びつくというより、地域の歴史的な呼称が町名として受け継がれたものです。
下野市の地名は、旧国名の「下野国」に由来します。2006年の市制施行にあたり、地域の歴史的な呼称を受け継いで名付けられました。
高根沢町の地名は、地形を表す「高根」と、沢地を示す「沢」が組み合わさったものと考えられます。周辺の起伏や水辺の地勢を反映した地名です。
栃木市の地名は、神明宮の千木にちなむ「十千木」説やトチノキに由来する説などがあり、確定していません。県名の由来にもなった歴史ある地名です。
町の中央を流れる那珂川にちなむ地名で、清流を町名に採ったものです。2005年に馬頭町と小川町の合併で成立しました。
那須郡の「那須」と、旧烏山町の「烏山」を合わせた合成地名です。2005年の市制施行で誕生し、地域の歴史的な地名を引き継いでいます。
那須塩原市の「塩原」は、山間の狭い平地や塩類泉に由来する地名とされます。市名は那須と塩原を合わせた合成名で、2005年の市制施行で定着しました。
那須町の「那須」は、那珂川の中洲を意味する「なか川の洲」に由来するという説が有力です。のちに国名・郡名としても用いられ、地名として長く受け継がれました。
弘法大師空海が二荒山の「二荒」を「にこう」と読んだことに由来し、「日光」の字が当てられたと伝えられます。
野木町の地名は、古くは「野木宮」や「野木郷」として見え、周辺の古代地名に由来する可能性があります。町名の直接の語源は明確ではありませんが、古い地名がそのまま受け継がれたと考えられます。
芳賀町の地名は、郡名としての「芳賀」に由来し、古くから地域名として用いられてきました。由来の詳細は諸説ありますが、町名はこの郡名を受け継いだものです。
「ましこ」の語義を説明した資料は確認できず、由来は未詳です。10世紀には宇都宮氏の郎党・益子氏がこの地に勢力を張っており、地名のほうが先にあったとみられます。
「みぶ」の語義を説明した確かな資料は確認できず、由来は未詳です。皇子の養育にあたった部民「壬生部(乳部)」に結びつける説がありますが、当地についての出典は確認できていません。
真岡市の地名は、アイヌ語由来説や「舞丘(まいおか)」の転訛説など諸説あります。市の公式案内でも複数の説が紹介されており、由来は一つに定まっていません。
「もてぎ」の語義を説明した確かな資料は確認できず、由来は未詳です。鎌倉期に八田知家の子・知基がこの地に城を築いて茂木氏を名乗っており、地名のほうが先にあったとみられます。
「やいた」の語義を説明した資料は確認できず、由来は未詳です。明治期の実業家・矢板武の苗字はこの地名から採ったと伝えられ、人名が地名の由来ではありません。