24件の地名を収録
藍住町の地名は、阿波藍の栽培・流通で栄えた土地柄に由来するとされます。藍の産地としての歴史が、町名にも色濃く残っています。
阿南市の「阿南」は、阿波国の南部を表す漢語的な呼び名に由来し、県南の代表地として名付けられました。昭和33年に富岡町と橘町の合併で市制施行しています。
徳島県の古代国名「阿波」や阿波郡に由来し、もとは「粟国」と呼ばれた地名が、好字二字令によって「阿波」と表記されるようになったと考えられています。
石井町の地名は、町内の「石井」という旧地名に由来すると考えられます。町域は吉野川南岸の沖積平野に広がり、地形と水利に支えられて発展してきました。
板野町の地名は、古代の郡名「板野」に由来し、低湿地や崩壊地形を表す語に結びつける説があります。郡名として古くから用いられ、周辺の古代交通路とも関わる地名です。
2006年に旧海南町・海部町・宍喰町が合併して成立した町で、町名は旧海部郡の「海」と「陽」を組み合わせた新しい名称です。海に面した地域性を踏まえた合成地名と考えられます。
町名は町内を西北に流れる勝浦川に由来し、川の名を受けて成立した地名です。勝浦川流域の山あいに広がる町として知られます。
上板町の「上板」は、古代の板野郡に由来する板野の上方に位置することを示す地名と考えられます。町内の神宅は古い集落名で、郡家や神社との関わりが地名考察の手がかりになっています。
「上勝」は勝浦川上流の地域を表す地名で、勝浦郡の「上」に位置することに由来すると考えられます。町内の「傍示」は、町村の小区画や新しい地区を指す語として伝わっています。
神領の大宜都比売命伝承や、山地を指す「神山」と呼ばれたことに由来するとされます。古くは上山・下山の村名も見られ、のちに現在の町名へ定着しました。
北島町の地名は、板野郡北島町に見られる「北島」という地名に由来すると考えられます。由来の詳細は確定的な説明が少なく、地形や方位に関わる名称として扱われることがあります。
平安時代の篠原郷が、京都の仁和寺のあった「小松郷」にちなみ「小松島」と呼ばれるようになったと考えられています。港町として発展した歴史も持つ地名です。
地名の「佐那」は棚田を意味する古い語とされ、村の地形や稲作の歴史と結びつけて説明されます。古くは「佐那県」「佐長村」などの伝承もあります。
町名は剣山(つるぎさん)にちなむとされ、町域も剣山の北麓に広がります。2005年に半田町・貞光町・一宇村が合併して成立しました。
「徳島」は天正13年(1585年)に蜂須賀家政が吉野川河口の三角州に城を築いた際に命名した地名。旧称「渭津」から改名し、「島」は川に囲まれた三角州の地形を、「徳」は縁起の良い美称を表す。
町名は、古代から続く「那賀郡」に由来し、さらにその語源は「長(なが)の国」や那賀川流域の古称にさかのぼると考えられています。川名・郡名が重なって受け継がれた地名です。
鳴門市の地名は、鳴門海峡の激しい潮流と渦潮の音に由来します。もとは「鳴南市」と名乗りましたが、市民の評判が悪く、短期間で現在の市名に改称されました。
町名は三好郡の東部に位置することに由来し、合併協議で採用された名称です。ひらがなの「みよし」を用いて、親しみやすさや明るい印象も意識されました。
吉野川河口の干拓地に堤を築き、多くの松を植えたことから「松茂村」と名づけられたとされます。町名は、松が茂る景観と新田開発の歴史を映した地名です。
2006年に日和佐町と由岐町が合併して成立した町名で、住民アンケートで最も多く支持された瑞祥地名です。旧来の地名に代わる新しい町名として選ばれました。
市名は郡名の「美馬」に由来し、古くは馬の産地だったことにちなむ説や、「水間(みま)」の音変化で湿地を表すとする説があります。
市名は古代からの郡名「三好」に由来し、三野・三津・三縄の三郷にちなむ説や、深い山間の「みよしの」の略とする説があります。
現地名は中世の湊・牟岐に由来し、牟岐川河口部の地名として知られます。古くは「牟岐郷」とも記され、海と港に結びついた地名です。
市名は合併時の新命名で、河川の吉野川に由来します。吉野川の名は、川岸にヨシ(葦)が多く茂っていたことにちなむといわれます。