31件の地名を収録
赤磐市の地名は、合併前の赤坂郡と磐梨郡の郡名を組み合わせたものです。奈良時代以来の郡名を受け継いだ、比較的新しい合成地名です。
浅口市の地名は、旧浅口郡に由来し、郡名は古くから地域名として用いられてきました。市は2006年に金光町・鴨方町・寄島町の合併で成立しました。
地名の由来には諸説あり、良い井戸水が湧く土地を表す説や、茨(いばら)が多い地だったとする説が伝えられています。
「岡山」の地名は、1590年(天正18年)に宇喜多秀家が築城した場所にあった小高い丘「岡山」に由来する。「岡」は小高い丘を意味する言葉である。
町名は合併時に新たに定められたもので、古くからの「香々美(かがみ)」に由来すると考えられています。鏡を作る鏡作部伝説と、川上を意味する「香美(かがみ)」の転訛説があり、由来は確定していません。
「笠岡」の地名は、吉備氏の一族である笠臣氏の勢力範囲に由来するとされます。市街地は門前町として発展し、後に干拓や埋め立てで現在の姿が形づくられました。
平成の大合併で誕生した町名で、古代の吉備国の中央に位置することから名づけられたとされます。吉備の中心地域であることを示す地名です。
久米南町は、旧久米郡の南部に位置することから名づけられた町名です。郡名の「久米」に方位を表す「南」を添えた、比較的新しい合成地名と考えられます。
倉敷市の地名は、年貢米などを集めておく「倉敷地」に由来するとされます。蔵屋敷が転訛したとする説もあり、港町・集散地としての性格を反映した地名です。
里見村と新庄村が合併した際、それぞれの地名から一字ずつを取って「里庄」とした合成地名です。対等合併の経緯を反映した町名とされています。
勝央町の「勝」は、旧勝田郡勝田郷・勝間田の系譜を引く地名で、好字化の影響を受けつつ「かつまだ」と読まれてきた歴史に由来します。町名は昭和の合併で成立しました。
新庄村の地名は、出雲街道の新庄宿に由来すると考えられます。宿場町として栄えた「新庄」の名が、そのまま村名として定着しました。
市名は2004年の合併で誕生した新しい行政地名で、瀬戸内海に面する立地を端的に表したものです。海域名「瀬戸内」に由来し、地域の地理的特徴をそのまま市名に採っています。
市名は、明治8年に合併して成立した総社村が、八田部村にあった備中国総社宮(総社)に由来して名付けられたことに始まります。
高梁市の地名は、高梁川の名に由来します。高梁藩が川の名を取って改称したことが、現在の市名のもとになりました。
「玉」は日比町の中心地区・玉、「野」は宇野町の「野」を取った合成地名です。明治22年に宇野村と玉村が合併して生まれた「玉野村」の名が、昭和25年の市制で復活しました。
津山の地名は、津山藩主・森忠政が鶴山に築城したことに由来するとされます。城下町として発展した歴史が、現在の市名に受け継がれています。
奈義町の「奈義」は、那岐山の名に由来するとされ、古くは「那岐」と表記された地名との関係も指摘されています。町内にはさんぶたろう伝説が残り、地名と伝承が深く結びついています。
市名は、備中国に置かれた新見郷に由来するといわれています。古代の郷名を受け継いだ地名で、平成の合併で現在の市名として定着しました。
西粟倉村は、古くは「粟倉荘」に由来する地名で、周辺の荘園名や村名を受け継いで成立しました。明治の町村制施行時に西側の集落をまとめて村名となったと考えられます。
かつて周辺が海で、早島はその海に浮かぶ島だったことに由来するとされます。干拓によって陸続きになった地形の変化が、地名の背景にあります。
備前市の地名は、旧国名の「備前」に由来し、古代からの地域名を受け継いだものです。岡山県南東部の歴史的な呼称が市名として定着しました。
平成17年に真庭郡の8町村と上房郡北房町が合併して誕生した市です。市名は郡名と同じ「真庭」ですが、命名の理由づけを記した資料は確認できていません。
2005年の合併に際して公募で決まった町名です。協議会の記録に名の意味の説明はなく、合併後の町の形が花びらに見えることから「美しく咲く」意を込めたとする説が伝えられています。
旧美作国に由来する市名で、語源には諸説ありますが、三坂峠の「みさか」が転じたとする説が有力とされています。
古くは「屋影」「屋蔭」と書き、「矢掛」の表記は今川貞世が当地で詠んだ「梓弓やかげに…」の歌から採ったとする説があります。ほかに温羅伝説にちなむ説も伝わりますが、「やかげ」の語義は未詳です。
町名は和気清麻呂の出身地であることを高揚して命名されたとされます。和気氏ゆかりの地名として知られます。