語源
西伊豆町は伊豆半島の西岸に位置する町です(Wikipedia)。町名は、語の構成からみれば旧国名の「伊豆」に方角の「西」を冠した形です。1956年の命名の理由を記した資料は確認できていません。
伊豆国は、伊豆半島と、現在は東京都に属する伊豆諸島を領域とした国です(コトバンク)。
現在の町名は、1956年(昭和31年)に仁科村と田子村が合併して生まれた旧西伊豆町の名を、2005年の合併で引き継いだものです(経緯は後述)。
町名の由来(命名の経緯)
2003年(平成15年)6月30日、松崎町・西伊豆町・賀茂村の3町村は法定合併協議会「西豆三町村合併協議会」を設置しました。この三町村の協議でも、新町の名称は「西伊豆町」とされていました(第1回西伊豆町・賀茂村合併協議会の事務局説明)。
ところが2004年(平成16年)7月、松崎町議会が町村合併の住民投票を求める請願を採択し、松崎町長は住民投票の実施を議会に回答しました。これを受けて西伊豆町と賀茂村は、合併特例法の期限内の合併を目指すために協議会の解散を提案し、8月7日の第19回協議会で解散が確認されました(総務省)。のちに賀茂村長は、9月15日の第1回西伊豆町・賀茂村合併協議会の会長挨拶で、松崎町とのすり合わせの中で不協和音が生じ、3町村での行政運営の難しさを委員が察したのではないかと振り返っています。
8月17日には西伊豆町議会と賀茂村議会が2町村の枠組みで法定協議会を設ける方針を確認し、9月13日に「西伊豆町・賀茂村合併協議会」が設置されました(総務省)。
9月15日の第1回協議会で、事務局は三町村のときの名称を引き継ぎ、新町の名称を「西伊豆町」とする案を示しました。西伊豆町の委員からは、三町村の協議会が解散に追い込まれた要因の一つが町名だったとも考えられるとの見方が示されました。そのうえで、両町村の将来の融和を考え、賀茂村の人たちが相談する時間を取るために継続協議にしてはどうかという提案も出ています。
これに対して、名称そのものへの異論は賀茂村の委員から出ませんでした。ある委員は、三町村のときから西伊豆町を強く推してきたと述べ、「この辺一帯の名前」であり、住民にも「伊豆」という名前を付けたいという共通の希望があったと発言しました。堂ヶ島を中心とする西伊豆町の知名度と努力を認めたいとも述べています。賀茂村議会議長の委員も、賀茂村の中では松崎町や賀茂村の名を推す意見は少なく、地域的にも知名度の点でも一番よい名前だと受け止められていると述べました。別の賀茂村の委員は、西伊豆町に異議はないとしつつも、大きなテーマなので議会に改めて確認すべきではないかと迷いを述べています。これに対し会長の賀茂村長は、賀茂村で開いた住民説明会で町名は西伊豆町だと明言して住民の了解を得ており、持ち帰る必要はないとしました。協議会の名称そのものを「西伊豆合併協議会」にしてほしかったと述べる委員もいました。
採決は挙手全員で、新町の名称は同日のうちに「西伊豆町」に決まりました。同じ回では、合併の期日と事務組織・機構の取扱いは継続審議となっています。
2005年(平成17年)4月1日、西伊豆町と賀茂村が新設(対等)合併し、新たな西伊豆町が発足しました(Wikipedia)。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 古代 | 伊豆国 | 旧国名 |
| 明治22年(1889年) | 仁科村・田子村 | 町村制の施行により、浜村・一色村・中村・大沢里村が合併して仁科村が成立し、田子村は単独で村となる(Wikipedia) |
| 昭和31年(1956年) | 西伊豆町 / 賀茂村 | 3月31日に仁科村と田子村が合併して西伊豆町、9月30日に安良里村と宇久須村が合併して賀茂村となる |
| 平成15年(2003年) | ― | 6月30日、松崎町・西伊豆町・賀茂村で西豆三町村合併協議会を設置 |
| 平成16年(2004年) | ― | 8月7日に三町村の協議会の解散を確認。9月13日に西伊豆町・賀茂村合併協議会を設置し、9月15日に新町名を「西伊豆町」と決定 |
| 平成17年(2005年) | 西伊豆町 | 4月1日、西伊豆町と賀茂村の新設合併により新たな西伊豆町が発足 |
地名の特徴
伊豆半島には東伊豆町・南伊豆町のように、方角の語を「伊豆」に冠した町名がほかにもあります。
2005年の合併では、旧町の一方の名がそのまま新町名になりました。合併協議の場では、賀茂村側の委員自身がこの名を支持しています。