語源
松崎町の公式サイトによると、那賀川の河口のデルタ地帯に防風林として松並木を植えたところから、**「松ヶ崎」**の名が生まれたのではないか、という説話があります。
また、松崎のあたりはもともと**「伊那」**と呼ばれていたと伝えられ、伊那下神社・伊那上神社は新羅の帰化人である猪名部族が祀ったのにはじまるとされます。町内に残る「江奈」の地名は伊那が訛ったものとみられ、その西方の「西伊那」がのちに「仁科」になったともいわれます(吉田東伍博士の説)。
文献上では、『増訂豆州志稿』によると伊那下神社に所蔵される古文書に**「仁科荘松崎」**の文字が見え、これが現存する最も古いものとされています。建暦元年(1211年)に伊那下神社に送られた源実朝の書状に、この名称が表れています。
明治22年(1889年)の町村制で成立した松崎村は、明治34年(1901年)の町制で松崎町と改称し、昭和30年(1955年)の中川村との新設合併後も、新しい町の名として「松崎町」が用いられています。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 不明 | 伊那 | 松崎のあたりの古い呼び名と伝えられる |
| 鎌倉時代 | 仁科荘松崎 | 建暦元年(1211年)、伊那下神社に送られた源実朝の書状に見える |
| 明治22年(1889年) | 松崎村・岩科村(賀茂郡)/中ノ郷村(那賀郡) | 4月1日、町村制の施行により3村が成立。松崎村は松崎・宮内・伏倉・江奈・桜田の5村から |
| 明治24年(1891年) | 中川村(那賀郡) | 6月11日、中ノ郷村を中川村と改称 |
| 明治29年(1896年) | 中川村(賀茂郡) | 4月1日、那賀郡の廃止により賀茂郡に属する |
| 明治34年(1901年) | 松崎町 | 3月15日、松崎村を松崎町と改称(町制) |
| 昭和30年(1955年) | 松崎町 | 3月31日、松崎町と中川村の新設合併により新たな松崎町が発足(町の年表では3月1日) |
| 昭和31年(1956年) | 松崎町 | 6月1日、岩科村を編入 |
地名の特徴
松崎町は、町のほぼ全域が天城山系南西の丘陵地で、那賀川と岩科川の中・下流に平地があり、両河川の合流する河口部に市街地と松崎港があります。公式サイトによると、昔の那賀川は弁天島のある江奈へと流れ、一方は松崎の方へと流れていて、向浜辺は三角州を形成していた、いわゆる河口のデルタ地帯であったといいます。「松ヶ崎」の説話は、このデルタ地帯に松並木を植えたことに名の起こりを求めています。