語源
宮古という島名の由来には諸説があり、確定していません。
文献上の手がかりとされてきたのは、中国側の記録です。明代初期の『元史』仁宗紀や1605年の『温州府志』に、1317年に「波羅公管下密牙古人」が温州永嘉に漂着したという記載があり、一般にはこれが文献における宮古島の初出とされてきました。
もっとも、この「波羅公管下密牙古人」の読み方自体が定まっていません。「婆羅公」を琉球士族の親雲上と推定して「密牙古」を宮古の意とする説がある一方、「波羅」は宮古島内の地名保良であるとする説もあります。さらに『温州府志』の数十年後に書かれた『明史』では「婆羅」はボルネオの意であると説明されており、解釈は定まっていません。
いずれにせよ、これらは「みやこ」という音がいつから記録に現れるかをめぐる議論であって、その語が何を意味したかを説明するものではありません。市名は、この島名をそのまま採ったものです。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 鎌倉 | 密牙古 | 1317年の漂着記事に見えるとされるが、宮古を指すかは解釈が分かれる |
| 不明 | 宮古 | 島名として定着。語義は未詳 |
| 平成 | 宮古島市 | 平成17年(2005年)、平良市と周辺町村の合併により成立。島名を市名に採る |
地名の特徴
宮古島は、日本語の「都」と同じ音を持つため意味を読み取りたくなる島名ですが、その連想を裏づける資料はありません。琉球の言葉で呼ばれてきた音に漢字を当てた地名とみられ、名護などと同じ型に属します。
島は沖縄本島から南西におよそ300キロ離れており、中国大陸との往来の記録に早くから現れる位置にあります。それだけに文献の解釈が由来論の中心となってきましたが、決着はついていません。