語源
御前崎市の「御前崎」は、「崎(岬)」という地形を表す語を含む地名です。御前埼灯台の解説によれば、海に突出した陸地を表す地名には、海図では土偏の「埼」が用いられることが多く、地名の「崎」は山の険しさを表す字義との対比が示されています。
また、JLogosでは、御前崎の台地は奈良時代から近世まで岬の先端に厩舎が置かれていたため「御厩崎(うまやざき)」と呼ばれ、それが転じたという説と、駒形神社の「御前」に位置する岬という意味とする説が紹介されています。
市名の決定
現在の御前崎市は、2004年(平成16年)4月1日に浜岡町と御前崎町が合併して誕生しました。新市の名称は両町民の最大の関心事とされ、2003年(平成15年)1月15日の第5回合併協議会で決定されています。両町民ともそれぞれの町に愛着と誇りを持っており、一つに決めるのは大変難しいとされましたが、統一するということで「全国的にも知られている『御前崎市』はどうか」という意見が出されました。両町の委員が意見を述べたうえで賛否を問うたところ、全会一致で「御前崎市」に決まりました。新市名には、合併前の御前崎町と同じ「御前崎」の名が用いられています。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 奈良時代〜近世 | 御厩崎 | 岬の先端に厩舎が置かれていたためとする説(JLogos) |
| 明治21年(1888年) | 御前崎村 | 町村制の施行により成立。同時に白羽・池新田・佐倉・比木・朝比奈・新野の各村も成立 |
| 明治29年(1896年) | 御前崎村 | 郡制の施行により榛原郡に属する(浜岡側の村々は小笠郡) |
| 昭和30年(1955年) | 御前崎町 | 御前崎村と白羽村が合併。同年、池新田町と佐倉・比木・朝比奈・新野の4か村が合併して浜岡町が誕生 |
| 平成16年(2004年) | 御前崎市 | 浜岡町と御前崎町が合併して誕生 |
地名の特徴
周辺には駒形神社や御前埼灯台があります。
岬を表す字には「埼」と「崎」があり、海図では「埼」が使われることが多いとされます。灯台名は「御前埼」、地名は「御前崎」と書かれます。
市域は遠州地方の最東端に位置し、万葉集には「遠江志留波(白羽)の磯」と詠まれた歌が収められています。御前崎沖は岩礁が多い航路の難所であったため、江戸幕府は寛永12年(1635年)に岬の突端へ灯台の前身である見尾火燈明堂を建て、明治7年(1874年)には西洋式の御前埼灯台が設置されました。