語源
岩槻の地名は、太田道灌が築いた城が「巌(いわお)をもって築けるがごとき城」に見えたことから、「岩築」と名付けられたという説がよく知られています。のちに「岩付」「岩築」「岩月」などの表記を経て、現在の「岩槻」に定着したとされます。
一方で、東武鉄道の案内では、当地にある久伊豆神社にちなみ「神を祭った土地」の意味とする説も紹介されています。また、弥勒寺に残る1246年の鐘銘に「岩付」とあることから、地名自体は城の築城以前から存在した可能性も指摘されています。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 鎌倉 | 岩付 | 1246年の鐘銘に見える表記 |
| 室町 | 岩築 | 城の築造にちなむとされる表記 |
| 江戸 | 岩槻 | 宝暦・明和頃から定着したとされる |
| 平成 | 岩槻区 | 2005年のさいたま市区制施行で成立 |
地名の特徴
岩槻は、岩槻城を中心に発展した城下町で、のちには日光御成街道の宿場町としても栄えました。地名の由来に城の築造が深く関わる点は、同じく城郭や地形に由来する関東の地名と共通しています。
また、岩槻は「人形のまち」としても知られ、地名の歴史と地域産業のイメージが結びついているのが特徴です。
特産・名物
岩槻区を代表する特産品が岩槻人形である。江戸時代初期から続く約380年の歴史を持つ人形産業で、岩槻城を中心とした城下町で発展した。城下町の副産物として生まれた桐材(桐箱や桐工芸の生産から出る桐粉)を活用して人形作りが始まったとされる。岩槻の人形には、豪華な衣裳を着付けた衣裳着人形(雛人形・五月人形)と、丸みのあるフォルムと愛らしい面立ちが特徴の江戸木目込人形の2種類があり、いずれも経済産業省が指定する伝統的工芸品に認定されている。日本一の人形産地として知られ、全国の雛人形・五月人形の多くが岩槻から出荷されている。
また、岩槻区には岩槻人形博物館が開館しており(2020年)、人形文化の歴史・技術・美術的価値を広く発信している。さいたま市のふるさと納税(「ふるさと応援」寄附)の返礼品には岩槻人形博物館の入館券が含まれており、全国の人形ファン・文化愛好家に向けて発信されている。さらに、岩槻区では日光御成街道の宿場町としての歴史を活かした観光振興も行われており、地域の歴史遺産と産業文化が一体となった特産のまちとなっている。