🗾 地名由来辞典

東区 ひがしく

大阪府 / 東区 昭和時代由来

AI生成

堺市東区は、堺市の東部に位置することから「東区」と命名されました。2006年の政令指定都市移行時に設置された区で、古代には須恵器の生産地として栄え、日置荘・野田・白鷺など歴史深い地名が残ります。

語源

東区ひがしくは、堺市の東部に位置することから「東区」と命名されました。2006年4月1日、堺市が政令指定都市に移行した際に設置された行政区です。区名の選定は、1991年の市内支所制度導入時に「堺・中・東・西・南・北」という方位を基本とした命名体系のもとで決まりました。

区域はほぼ全域が丘陵地で構成されており、南海高野線が南北を貫く交通軸となっています。古代には陶邑すえむらの一部として須恵器の生産が行われ、中世には金物の産地として知られていました。近代以降は住宅地として発展しています。

主な地名の由来

区内には由来の異なる地名が多く残っています。

**日置荘ひきしょう**は、古代に太陽神の祭祀をもって大和政権に奉仕した「日置部ひきべ」という集団の居住地に由来するといわれています。中世には興福寺の荘園「日置荘」が置かれ、地名として定着しました。

野田は、古代にこのあたりから美原・羽曳野市にかけて広がっていた「多遅比野たじひの」と呼ばれた広大な原野に由来するとされています。

**白鷺しらさぎ**は、かつてこの一帯の水田に白鷺が舞い降りる光景が見られたことから名付けられた地名です。

**登美丘とみおか**は、昭和25年(1950年)の合併で成立した地名で、丘陵の高台から眺める景色が美しいことにちなんで名付けられました。

歴史的変遷

時代呼称備考
古代陶邑・八上郡・丹南郡須恵器の産地。複数の郡に分属
中世日置荘ほか興福寺荘園が置かれる
昭和(堺市に順次編入)1958年に日置荘町、1962年に登美丘町が堺市へ編入
平成18年東区堺市政令指定都市移行により設置

地名の特徴

東区の地名は、古代の集落・荘園・農地にその根拠を持つものが多く、方角による区名とは対照的に、個別の地名には多様な由来が残っています。区内で数少ない住宅地内のロータリー交差点「大美野噴水ロータリー」も、昭和期の宅地開発の記念碑的存在として知られています。

特産・名物

東区は堺市の丘陵住宅地帯として発展してきた区で、古代の須恵器生産地「陶邑」の一部にあたることから、区内には今も窯跡などの遺構が残っています。農業面では「堺のめぐみ」ブランドの認証農産物として野菜が栽培されており、地域の直売所で地場産品を入手できます。

堺市全体の特産品である堺打刃物くるみ餅堺線香はふるさと納税の返礼品として東区を含む堺市全域から申し込むことができます。

参考資料・出典

最終更新: 2026-06-16