🗾 地名由来辞典

杵築市 ( きつきし )

大分県 / 杵築市 江戸時代由来

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市名は中世以来の「木付(きつき)」に由来します。1250年に入部した大友親重が地名の木付をとって姓としており、地名が先で氏名が後です。「きつき」自体の語義は未詳です。

語源

杵築(きつき)市の市名は、中世以来の木付(きつき)という地名に由来します。コトバンク掲載の『世界大百科事典』によれば、もともとは「木付」と書かれていましたが、1712年(正徳2)に江戸幕府が藩に与えた朱印状に「杵築」と記されていたことから、この字が用いられるようになりました。

「木付」という地名は、木付氏より先に存在していました。 建長2年(1250年)、豊後を治めていた大友氏2代・親秀の六男親重(ちかしげ)が、鎌倉幕府から豊後国速見郡の八坂郷木付荘(やさかごうきつきのしょう)に入部した際、地名の「木付」をとって姓としたと伝えられます。以後、室町時代初期から文禄2年(1593年)まで、大友一族の木付氏(きつきうじ)がこの地を根拠地としました。地名が先にあり、氏名が後から生まれた関係です。

一方、「きつき」という語そのものの意味を説明した資料は確認できていません。 城下町としての歴史は木付氏・松平氏に連なりますが、それは地名が定着した経緯であって、語義の説明ではありません。

歴史的変遷

時代呼称備考
鎌倉(1250年)木付荘大友親重が入部し、地名をとって木付を称する
中世木付木付氏の城下町として発達
江戸杵築1712年の朱印状で「杵築」の字が用いられる
明治以降杵築近代以降も表記が継承され、市名として定着

地名の特徴

杵築市は、城下町としての景観がよく残ることで知られます。ただし地名の由来という点では、武家の姓が先にあったわけではなく、在地の地名を入部した一族が名乗ったという順序である点に注意が要ります。

また、同じ「杵築」という地名は、出雲大社の門前町として知られた島根県の旧杵築町(現・出雲市の一地区)にも見られますが、大分県の杵築市とは由来の背景が異なります。このため、同表記の地名でも地域ごとに歴史的文脈を分けて理解する必要があります。

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-03