🗾 地名由来辞典

大和町 ( たいわちょう )

宮城県 / 大和町 昭和時代由来

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昭和30年(1955年)4月20日に1町4カ村が合併して発足した際、「大きな和の町」を目指して名づけられた町名です。古代の「大和(やまと)」とは別系統で、読みも「たいわ」となります。

語源

大和町(大和(たいわ)ちょう)の町名は、昭和30年(1955年)4月20日に1町4カ村が合併して発足した際、「大きな和の町」を目指して名づけられたものです。町公式サイトは「昭和30年4月、1町4カ村が『大きな和の町』を目指して大和町(たいわちょう)が誕生しました」と記しています。

「大和」という表記から古代の「大和(やまと)」を連想しがちですが、この町名は合併にあたって新しく掲げられた理念を表したもので、読みも「たいわ」です。合併した町村は、吉岡町・宮床村・吉田村・鶴巣村・落合村の1町4カ村でした。

合併の経緯

『大和町史』下巻によれば、町村合併促進法の施行後、黒川郡内では全町村で構成する黒川地方町村合併促進協議会が調査研究を進めていました。この間、吉岡町・落合村・吉田村・大衡村の四町村と、宮床村・富谷村・鶴巣村の三村をそれぞれ一つのまとまりとする県の合併試案が示されます。

昭和29年(1954年)7月にまず大郷村が発足し、残る七町村のうち吉岡・吉田・宮床・落合・鶴巣の五町村は、県案の二ブロックを合わせた大規模合併を唱えました。これに対して富谷村は県案どおりの富谷・鶴巣・宮床の三村合併を主張して譲らず、大衡村も時期尚早ないし独立可能との理由で合併に賛意を示しませんでした。

そこで吉岡町ほか四カ村は、町村議会議員の選挙を目前に控えてこれ以上の遅延を避けるため、昭和30年(1955年)3月14日に関係町村がいっせいに町村合併を議決し、段階合併として新たに発足することになりました。合併の条件では新町村名を「大和町」、役場の位置を旧吉岡町と定めています。新町の発足は昭和30年4月20日でした(同書610頁)。なお『大和町史』のこの箇所に、町名「大和」の由来そのものの説明はありません。

歴史的変遷

時代呼称備考
昭和30年以前吉岡町・宮床村・吉田村・鶴巣村・落合村黒川郡内の1町4カ村。
昭和30年4月20日大和町1町4カ村が合併して発足し、「大きな和の町」を目指して命名。

地名の特徴

「大きな和」という合併の理念をそのまま町名にした、昭和の大合併期に生まれた地名です。文字面は日本の古称「大和(やまと)」と同じですが、由来も読みも異なります。

特産・名物

大和町を代表する特産品は、自然豊かな環境で育った「お米」です。品種は宮城を代表する「ササニシキ」や「ひとめぼれ」、さらに「つや姫」「つきあかり」など多岐にわたり、令和 7 年産の「だて正夢」などの無洗米も人気があります。

また、特選バラにんにくも名物として知られています。力強い味わいを持つこのにんにくは、食卓を彩るだけでなく、ワインとの相性も良く、地元のワイナリー発のアイテムとしても提供されています。

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-21