語源
大豊町の町名は、昭和30年(1955年)3月31日に東豊永村・西豊永村・大杉村・天坪村の嶺東4か村が合併して大豊村が発足した際に定められたものです。町制施行は昭和47年で、村名がそのまま引き継がれました。
『大豊町史 近代現代編』第1章「行政」は、村名の成り立ちをこう記しています。
村名の大豊村は大杉の「大」と豊永の「豊」を組み合わせたものだが、その中には将来大きく豊かな村に発展してもらいたい、という村民の願いがこめられている。
つまり「大豊」は、合併した村の名から一字ずつを採った合成地名です。「大」は大杉村から、「豊」は東豊永村・西豊永村に共通する「豊永」から供給されており、その上に「大きく豊かに」という願いが重ねられています。
なお、字を供給した側の「豊永」も古い名です。町域は藩政期に豊永郷と総称されており、『高知県の地名(書籍・記事索引)』は『土佐地名往来』(高知新聞・平成22年4月13日)を引いて、豊永の名は領主小笠原氏の出身地である肥後(熊本)の豊永庄にちなむと記しています。「大豊」は、そうした由緒のある地域名の一字と、大杉の一字とを合わせた名ということになります。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 江戸 | 立川・豊永など | 現在の町域を構成した旧地域名。「豊永」は古代の豊永郷に遡る |
| 昭和 | 大豊村 | 1955年、東豊永・西豊永・大杉・天坪の4か村が合併して成立 |
| 昭和 | 大豊町 | 1972年、町制施行。村名をそのまま引き継ぐ |
地名の特徴
大豊町は、山地の地形を背景にした集落が点在する地域で、旧立川地区は古代の官道や戦国期の国境番所、江戸時代の参勤交代路としても重要でした。こうした歴史的な交通の要衝でありながら、町名自体は地形を表すものではなく、合併した村の名を組み合わせた行政地名です。
同じ高知県内には、旧村名を基礎にした地名や、吉祥性をもつ行政地名が各地に見られます。大豊町もその一つとして、山間地域の暮らしと歴史を受け継ぎながら、合併後の新しい地域名として定着しました。