🗾 地名由来辞典

大崎市 ( おおさきし )

宮城県 / 大崎市 室町時代由来

AI生成

大崎市の市名は、宮城県北西部を指す広域の地域名「大崎」に由来します。「大崎郡」という郡は存在せず、「大崎」の語義も未詳です。地域を治めた大崎氏は、この地名を姓としたとみる説が有力です。

語源

大崎市(大崎(おおさき))の市名は、宮城県北西部一帯を指す広域の地域名「大崎」を採ったものです。

「大崎郡」という郡は存在しません。 市域の郡は志田郡・玉造郡・遠田郡・加美郡で、2006年(平成18年)の合併に際して志田郡と玉造郡は消滅しました。したがって市名は郡名の継承ではなく、郡をまたぐ地域の通称を採用したものです。

この一帯を治めた大崎氏(おおさきし)は足利氏の一族である斯波氏の分家で、室町時代に奥州探題として大きな勢力をふるい、豊臣秀吉の奥州仕置(1590年)で滅びました。

ただし「大崎」は地名と姓のどちらが先かで説が分かれ、地名が先とみる見方が有力です。 先祖の足利家氏が領した下総国香取郡大崎(現・千葉県香取市大崎)にちなんで姓を改めたとする説がありますが、ただし Wikipedia「大崎氏」は、『千葉大系図』にもあるようにこの地は鎌倉時代を通じて国分氏の所領で、斯波氏の所領であったことを示す史料がない、と反論しています。むしろ中世に江合川・鳴瀬川一帯が「大崎」と呼ばれており、五代当主満詮のころから斯波氏と区別して「大崎氏」と称されるようになった、とみるのが自然です。つまり地名が先にあり、それを姓としたことになります。

「大崎」という語そのものが何を意味したかは未詳です。 その後この一帯は伊達氏の領となりますが、「大崎」の呼称は地域名として残り、近代以降も大崎地方・大崎耕土などの形で使われ続けています。

歴史的変遷

時代呼称備考
室町大崎奥州探題・大崎氏の勢力圏を指す地域名として定着
江戸〜明治志田郡・玉造郡・遠田郡・加美郡行政区画としての郡。「大崎郡」は存在しない
平成大崎市2006年、古川市など1市6町の合併により成立

地名の特徴

大崎市は、古川・鳴子・岩出山・田尻など複数の旧市町村を含む広域自治体です。市名は新しい創作地名ではなく、複数の郡にまたがって用いられてきた地域名を採用したもので、「大崎地方」「大崎耕土」といった呼び方と地続きの名称になっています。行政区画の名ではなく、中世の勢力圏に由来する地域の通称が自治体名になった例といえます。

特産・名物

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-04