🗾 地名由来辞典

おいらせ町 ( おいらせちょう )

青森県 / おいらせ町 平成時代由来

AI生成

2006年に下田町と百石町が合併して誕生した町で、町名は町域を流れる奥入瀬川に由来する。

語源

「おいらせ」は、町域を流れる**奥入瀬川(おいらせがわ)**に由来する。奥入瀬川は十和田湖を源とする十和田湖唯一の流出河川で、青森県を流れ、おいらせ町と八戸市の境界で太平洋に注ぐ。おいらせ町はその下流域にあり、町の東西を奥入瀬川が流れている。

「おいらせ」の名は合併協議で初めて現れたものではない。奥入瀬川下流域に位置する百石町・六戸町・下田町の3町は、平成4年度に**「ASO(アクション・サンシャイン・おいらせ)」**を設立し、連携した取り組みを続けてきた。合併協議はこの3町の枠組みで始まり、町名にもその「おいらせ」が引き継がれた。

「おいらせ市」から「おいらせ町」へ

百石・六戸・下田合併協議会では、既存の3町の名称は使わず、新しい自治体にふさわしい名称とする方針が取られた。平成16年(2004)6月3日の第2回協議会には、第1小委員会がまとめた**「おいらせ市」(ひらがな表記)**の案が提出された。協議会の説明では、3町に共通するのは奥入瀬川であり、十和田湖の奥入瀬は対外的にも知名度が高いこと、3町がASOとして連携してきたことが理由に挙げられている。

提案は、この案について3町の全世帯に意向調査を行ったうえで最終決定するというものだった。この席では、2名の委員から、漢字の「奥入瀬」も選べるように調査票を改めてほしいという意見が出された。休憩をはさんだ協議の結果、調査票をその趣旨に合わせて改め、ひらがなか漢字かも調査の結果で決めることになった。同年7月の調査では、回答した3,881世帯(回収率37.7%)のうち83.9%が「おいらせ市」(ひらがな)に賛成し、9.1%が漢字の「奥入瀬市」を挙げた。これを受け、同年11月18日の第8回協議会で**「おいらせ市」**に決定した。

ところが平成16年(2004)12月29日、六戸町が合併協議会からの離脱を申し入れ、平成17年(2005)2月10日に脱退した。百石町と下田町の2町での合併となったため、新しい自治体の名称は「新町の名称」として改めて協議されることになった。同年2月15日の第12回協議会では、下田町議会から「下田町」「おいらせ町」「奥入瀬町」の3案が示され、漢字かひらがなか、「まち」と「ちょう」のどちらで読むかでも意見が分かれた。

2月28日の第13回協議会でも、なお漢字の「奥入瀬」を推す委員がいた。漢字派からは、ひらがなでは隣接地域の「JAおいらせ」と消費者に混同されるといった意見が出され、ひらがなを支持する委員からは、漢字の「奥入瀬」は十和田湖に近い方を思わせるという声も出ている。最後に議長が、意向調査でひらがなの支持が「84%を超えている」こと、調査票にはひらがな以外を望む人が漢字の「奥入瀬」を書く欄もあったが、その記入が少なかったことを挙げて**ひらがなの「おいらせ町(ちょう)」**とする考えを示し、全会一致で決まった。

読みについては、首長会議の話し合いで、関東以西では「町」を「ちょう」と呼ぶ例が圧倒的に多く、北海道でも「ちょう」が多いこと、「おいらせ」に続く語呂や流れからも「ちょう」がよいことが挙げられたと事務局から説明されている。

歴史的変遷

時代呼称備考
明治22年(1889)百石村・下田村町村制施行により上北郡に成立
昭和4年(1929)百石町百石村が町制施行
昭和44年(1969)下田町下田村が町制施行
平成18年(2006)3月1日おいらせ町下田町と百石町が合併して発足

地名の特徴

奥入瀬川は十和田湖から流れ出す唯一の川であり、十和田市の市名はこの十和田湖にちなむ。

特産・名物

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参考資料・出典

最終更新: 2026-09-28