語源
「野辺地(のへじ)」の由来については、大きく二通りの見方が伝えられている。
一つは漢字の字義に沿った解釈で、「野」は自然のままの広い地を表し、「辺」「辺地」はあたり・周辺を表すとするものである。原野の縁にあたる土地、という理解になる。
もう一つはアイヌ語に由来するとする説で、「ヌプンペッ」=野中を流れる川がなまったものとする。町の中心部を野辺地川が流れて陸奥湾に注いでおり、この地形とはよく合う。青森県内には平内・小湊など「ナイ」「ペッ」(いずれも川)を含むとされる地名が点在しており、野辺地もその一群に数えられる。
いずれの説も確定したものではない。ただしこの地名が古いことは確かで、野辺地町によれば**「野辺地」が文献に初めて登場したのは南北朝時代の建武2年(1335)**である。町内には縄文時代の遺跡も分布しており、先史時代から人が住んでいたことが知られている。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 建武2年(1335) | 野辺地 | 文献における初出 |
| 江戸〜明治初期 | 野辺地 | 千石船が往来し、南部藩有数の商港として繁栄した |
| 明治22年(1889) | 野辺地村 | 町村制施行により野辺地村・馬門村・有戸村を廃して設置 |
| 明治30年(1897) | 野辺地町 | 町制施行 |
地名の特徴
野辺地町は下北半島と夏泊半島に挟まれた陸奥湾の湾入部に位置する。北は湾に面し、南に八甲田連峰の山麓を背負い、東には丘陵が続く。湾から内陸へなだらかな平地が広がり、その中央を野辺地川が貫いて湾に注ぐ。
「原野を流れる川」というアイヌ語説も、「野のあたり」という字義解釈も、ともにこの原野と川という組み合わせを言い当てている点では共通している。江戸期には北前船の寄港する南部藩有数の商港として栄えたが、地名そのものはそれよりはるかに古く、港町として繁栄する以前の地形を映したものである。
特産・名物
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