🗾 地名由来辞典

弘前市 ( ひろさきし )

青森県 / 弘前市 江戸時代由来

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寛永5年(1628)に鷹ヶ岡から改称された地名で、天海大僧正の命名と伝える。旧称「広崎」の転訛説もあるが定説はない。

語源

弘前の地は、もともと「二ッ石」「高岡」「鷹ヶ岡」などと称されていた。津軽氏がここに築城し、『日本歴史地名大系』によれば寛永5年(1628)8月20日から「弘前」と称した。城名も高岡城から弘前城に改まっている。もっとも旧称はしばらく併用され、「弘前」があまねく用いられるようになるのは正保年間(1644〜48)頃からであった。

改称の主体については、2代藩主・津軽信枚が帰依していた天海大僧正が名付けたと伝えられる。

「弘前」という語の由来そのものには定説がない。『日本歴史地名大系』は諸説を挙げており、

としたうえで、いずれも定説ではないと明記している。

歴史的変遷

時代呼称備考
安土桃山〜江戸初期二ッ石・高岡・鷹ヶ岡津軽氏の築城地。城は高岡城と呼ばれた
江戸(寛永5年・1628)弘前8月20日から弘前と称する。天海大僧正の命名と伝える
江戸(正保年間・1644〜48)弘前この頃から旧称に代わって広く用いられるようになる
明治22年(1889)弘前市4月1日、全国30市とともに市制施行(県内初)。弘前城下の大部分の区域をもって発足

地名の特徴

弘前は津軽平野の南部、岩木川とその支流に囲まれた台地上に位置し、津軽氏が藩の中心を置くにふさわしい交通・防衛上の要地であった。城の完成とほぼ同時期に地名が改められている点に、この地名が城下町の成立と不可分であることがよく表れている。

旧称のうち「高岡」「鷹ヶ岡」は台地という地形をそのまま指す名であり、「広崎」説を採れば「崎」もまた突き出た地形を指す語である。それに対して「弘前」は、字面から地形を読み取ることのできない名である。地形を指す名から、城下町の名としてあらためて選ばれた名へ——という置き換えが、この地名には刻まれている。

特産・名物

弘前市は、豊かな自然環境を活かした農業が盛んな地域であり、「りんご王国」として知られています。その特産品や伝統工芸品には、以下のものがあります。

地名の変遷

  1. 安土桃山 二ッ石 — 築城以前の地名
  2. 安土桃山 高岡(鷹ヶ岡) — 津軽氏の築城地としての名称

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-05