難読・特殊地名
読みが難しい、または表記が変わっている地名。由来の種類ではなく読み方の特徴です。
21件収録
姶良市の地名は、古代の「姶羅郡」や「始羅郡」に由来し、表記の揺れと混同を経て定着したと考えられています。市名は旧姶良町の町名を引き継いだものです。
地名はアイヌ語に由来し、「アッ・サム(楡皮のそば)」や「ハッチャム・ペッ(桜鳥の川)」などの説があります。道南の難読地名として知られています。
伊是名村の地名は、琉球方言の「いじな(ijina)」に由来するとされます。島名として古くから用いられ、現在の村名として定着しました。
「指宿」は古くは「湯豊宿(ゆほすき)」と呼ばれた地名がもとで、『和名類聚抄』には「以夫須岐」と記されました。周辺の「湯」の付く小字の多さから、温泉地に由来する地名と考えられています。
平野と山地の接点にあり、尾根や峠を越える地勢に由来する「尾根越し(おねごし)」「尾越し(おごし)」が転じたとされます。難読地名として知られ、越生郷の古い地名も伝わります。
小谷村の地名は、平安末期の文献に見える「於他里」などの表記にさかのぼるとされ、のちに「小谷」の字が定着しました。谷あいの地形を表す当て字とみられます。
苅田町の地名は、かつて「カタ」とも呼ばれたことから、潟(内湾)に由来するという説が有力です。表記は「苅田」ですが、読みは「かんだ」で定着しています。
宜野湾市の地名は、琉球方言の地名を漢字で当てた万葉仮名的表記に由来すると考えられます。音読みと訓読みが混ざった沖縄の難読地名の一つです。
アイヌ語の「クッサンイ(kut-san-i)」に由来し、「くだのようなところを流れ出るところ」を意味するとされます。のちに倶登山川の旧名「クッシャニ」などを経て、現在の地名表記が定着しました。
国東市の地名は、古代の「国前(くにさき)」に由来すると考えられます。『豊後風土記』などに見える表記が、のちに「国東」へと転じたものです。
町内を流れる泉河内川が、かつて桂川(かつらがわ)と呼ばれていたことに由来するとされます。川の名を受け継いだ地名で、難読ながら自然由来の町名です。
上毛町の町名は、明治以前この一帯が属していた豊前国の旧郡名「上毛郡(こうげぐん)」に由来します。上毛郡は1896年に築城郡と合併して築上郡となり、郡名としては失われていました。
宍粟市の地名は、奈良時代の『播磨国風土記』に見える宍禾郡に由来すると考えられています。7世紀末の木簡にも「宍粟」の表記があり、古くから使われていた地名です。
古くは『古事記』の「蘇邇」などに見える地名で、石礫の多い足場の悪い土地を表すとされます。村名はこの古い地名に由来し、難読ながら歴史の深い名称です。
町名は中心の竹富島に由来し、島名は最初に島へ渡って新里村を開いたと伝わる人物タキンドゥン(他金殿)にちなむとされます。方言では島を「テードゥン」と呼びます。
アイヌ語に由来し、「通路のある川」や「舟の通る川」などを意味するとされます。現在の表記は、明治期の「秩父志別」を略したものと考えられています。
北谷町の地名は、古い地名「きたたん」に琉球の行政区画を表す「まきり」が付いた「きたたんまきり」に由来し、のちに漢字で「北谷」と表記されるようになりました。
中城村の「中城」は、琉球方言の「ぐすく(城)」に由来する地名で、城郭を意味する語が地名化したものです。漢字表記は意味を当てたもので、方言訓による難読地名の一例です。
今帰仁は「イマキ(新来者)」や「ナキズミ(魚来住)」に由来するという説があり、いずれも沖縄の古い地名音を反映した当て字と考えられています。
読谷村の地名は、古くは「はびら村」と記されたことがあり、のちに「読谷山(ゆんたんざ)」の呼び名が定着したとされます。沖縄語の呼称変化や表記の当て字が重なった地名です。
「栗東」は「栗太郡の東」に由来し、昭和29年に4村合併で栗東町が誕生したことにちなみます。平成13年に市制施行し、単独で市になった珍しい例です。