30件の地名を収録
有田川町の町名は、町の中央を流れる有田川に由来します。2006年に吉備町・金屋町・清水町が合併して成立し、河川名をそのまま新町名に採用しました。
有田市の地名は、古代の郡名である有田郡に由来します。もとは安諦郡と呼ばれ、平城天皇の諱を避けて改称されたと伝えられます。
町名は室町時代に見える荘園名「印南荘」に由来するとされます。『続風土記』には海部(うなへ)の転語とする説もありますが、不詳です。
紀の川沿いに珍しい形の岩が多く突き出していたことから「岩出」と呼ばれたとされます。もとは「巌出」とも表記され、のちに現在の字に改められました。
旧海南市は海草郡南部に位置したことから「海南」と名づけられました。合併前の町村が郡の南にあった地理的条件を反映した市名です。
町名は町域北端の葛城山脈(和泉葛城山)にちなみ、合併時に県知事が命名したものです。古くは奈良県側の葛城に由来する地名とされます。
上富田町は、富田川の上流側に位置することから「上富田」と名づけられました。旧富田村を上・下に分けた呼称に由来する、新しい行政地名です。
北山村の名は、村域が北山川流域の山間部にあることに由来すると考えられます。明治期に和歌山県へ編入され、現在は日本唯一の飛び地の村として知られます。
市名は市内を流れる紀の川に由来し、さらにその名は「紀伊国を流れる川」などの意味で理解されています。上流では吉野川と呼ばれる同じ川の下流域名を市名に採ったものです。
町名は公募で決まり、紀州の「紀」と美里町の「美」、野上町の「野」を組み合わせたものです。「君の町」の意味も重ねられています。
串本町の地名は、アイヌ語・縄文語系の「ku-si-mo-to(渡し場の小さな海)」に由来するとする説があり、潮岬と大島に挟まれた地形と結びつけて説明されています。
空海が母を月に九度訪ねたという慈尊院の伝承にちなむ地名とされます。ほかに地形や古語に由来する説も伝わります。
「高野」の地名は高野山の開創より前から存在しました。空海が弘仁7年(816年)にこの地を請うた上表文に「平原の幽地あり、名づけて高野という」と見え、山中にひらけた高所の平坦地を指す地形語と考えられます。
古座川町の町名は、町内を流れる古座川に由来します。古座川の名は、古くは「神座(かみくら)」の転とも考えられ、神を祀る山や川に結びつく地名と伝えられます。
本願寺日高別院が「御坊さん」と呼ばれたことに由来し、その呼称が町名・市名として定着しました。寺内町として発展した歴史が地名に色濃く残っています。
白浜町の地名は、白い砂浜の景観に由来するとされます。古くは白良浜とも書かれ、白い砂が雪のように見えることから名づけられたという説が有力です。
熊野速玉大社の「新しい宮」に由来するとされ、神々を遷した社にちなむ地名です。熊野信仰の中心地として発展した歴史が背景にあります。
太平洋の荒れすさぶ海にちなみ、「すさぶうみ」が転じた地名とされます。旧称の周参見は当て字で、海の荒々しさを表す語感が由来です。
『紀伊続風土記』は「名義は詳らかでない」としたうえで、泰地氏がこの地に住んだことから村名が起こったのではないかと推測しています。定説はありません。
熊野街道の要衝として古くから知られた田辺の地名で、平安時代の記録にも見える古い地名です。語源は明確ではありませんが、周辺の田地や地形に由来する説が有力です。
町名は、古くからの港町「勝浦」と、熊野信仰の中心地・那智を合わせた合成地名です。勝浦は「良い入り江・良港」、那智は語源に諸説あり定説を見ません。
橋本市の地名は、応其上人が紀の川に橋を架けたことに由来すると伝えられます。橋のたもとにできた町として「橋本」と呼ばれ、その名が現在まで受け継がれました。
町名は町内を流れる日高川に由来します。日高川は護摩壇山に源を発し、町の中央を流れる和歌山県を代表する河川です。
郡名をそのまま町名に採った地名で、和歌山県日高郡に由来します。町名自体の語源は郡名にあり、郡名は古くは飯高郡と呼ばれていました。
町名は、旧三か町村を流れて海に注ぐ広川に由来します。古くは広庄と呼ばれ、熊野路往還の地として栄えた歴史も伝わります。
「三鍋」と書かれた古い表記があり、三つの石が鍋の底に似ていたことから名づけられたという伝承が伝わります。ほかに「御名部」や「みのべ(海辺)」に由来する説もあります。
1954年の三尾・和田・松原3村の合併に際し、一般公募から審査を経て決まった町名です。『美浜町史』は「観光立町の上からも望ましいという意見が多数を占めた」と選定の理由を記しています。
海が内陸まで入り込み、水が浅く広がっていたことから「ゆあさ」と呼ばれたとされます。古名「温笠(ゆかさ)」が転じたという説もあります。
由良町の地名は、古くから「由良」と呼ばれた港湾・海岸地形に由来するとされます。さらに、町名は地元の由良守応にちなむ説も伝わります。
「和歌山」は天正13年(1585年)に豊臣秀吉が築城の際に命名した地名で、南方の名勝「和歌浦」の「和歌」と城が置かれた「岡山」の「山」を合わせた合成語とされる。