🗾 地名由来辞典

高野町 ( こうやちょう )

和歌山県 / 高野町 平安時代由来

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「高野」の地名は高野山の開創より前から存在しました。空海が弘仁7年(816年)にこの地を請うた上表文に「平原の幽地あり、名づけて高野という」と見え、山中にひらけた高所の平坦地を指す地形語と考えられます。

語源

高野町の地名は、町域の中心である高野山(こうやさん)に由来します。ただし、「高野」という地名は、高野山の開創(816年)より前から存在していました。

弘仁7年(816年)、空海が嵯峨天皇にこの地の下賜を願い出た上表文に、次のようにあります。

空海少年の日、好んで山水を渉覧して、吉野より南に行くこと一日、さらに西に向つて去ること両日程にして、平原の幽地あり。名づけて高野という。計るに紀伊国伊都郡の南に当れり

空海は、少年時代に見つけたその土地がすでに「高野」と呼ばれていたと述べ、その「高野という所」を賜りたいと請うています。つまり、金剛峯寺(こんごうぶじ)も、山号としての「高野山」も、すでにあった地名を冠したものです。

「高野」という語そのものの意味を断定する資料は乏しいものの、上表文が「平原の幽地」と記すとおり、当地は周囲を1,000メートル級の山々に囲まれた標高約800メートルの山上盆地です。山中にひらけた高所の平坦地を「高い野」と呼んだ地形語と解するのが自然です。

高野山が1200年にわたり寺領として管理されてきた歴史は、この地名を全国に知らしめました。しかし名の起こりそのものは、寺院に先立ちます。

歴史的変遷

時代呼称備考
平安高野弘仁7年(816年)の空海の上表文に地名として見える
明治高野村明治22年の町村制施行で成立
昭和高野町昭和3年11月1日に町制施行
昭和高野町昭和33年6月1日に富貴村と合併

地名の特徴

高野町は、寺社の名から生まれた地名と取り違えられやすい地名です。高野山金剛峯寺があまりに有名なため、寺が名の元と読まれがちですが、実際の前後関係は逆で、既存の地名を寺と山が受け継ぎました。香取市(香取神宮←香取海)、多賀町(多賀大社←多賀)と同じ型にあたります。

同じ「高野」を含む地名は各地に見られ、その多くは高所の平坦地を指す地形語と解されています。

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-03