語源
下関市の地名は、関門海峡の要衝に置かれた「関」に由来すると考えられます。古くは港湾や海峡の長門国側を指す広域地名として「赤間関(あかまがせき、あかませき、あかまのせき)」と呼ばれ、これを略した「馬関(ばかん)」という別名も用いられました。
文献上では「下関」の名称は869年(貞観11年)に見え、鎌倉時代には「赤間関」という呼称が成立していたとされます。近代に入って1902年(明治35年)に現在の市名である「下関市」へ改称されました。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 平安 | 下関 | 文献上の初見があるとされる。 |
| 鎌倉 | 赤間関 | 港湾や関門海峡周辺を指す呼称として定着。 |
| 江戸 | 赤間関・馬関 | 「西の浪華」と呼ばれるほど繁栄した。 |
| 明治 | 赤間関市 | 1889年に市制施行。 |
| 明治 | 下関市 | 1902年に改称。 |
| 平成 | 下関市 | 2005年に1市4町合併で新「下関市」が発足。 |
地名の特徴
下関は本州最西端に位置し、関門海峡を挟んで九州と向かい合う交通の要衝です。そのため、地名も単なる行政区画名というより、海峡の「関」としての機能を強く反映しています。
また、同じ海峡圏には対岸の北九州市があり、歴史的にも経済的にも結びつきが深い地域です。古称の「赤間関」や「馬関」は、下関の港町としての性格や、海峡を通じた交流の歴史を今に伝えています。