語源
「富山」の地名はもともと「外山」と表記されていた。越中国の守護所が置かれた射水郡側から見て、呉羽丘陵の外側(東側)に広がる地域を「山の外側」を意味する「外山(とやま)」と呼んだことが語源である。
天正9年(1581年)、織田信長の命を受けた佐々成政が富山城に入城した際に、「外山」から縁起の良い漢字「富山」へと改められたとされる。「富む山」という吉兆を表す字への置き換えであり、地名の読みは変わらずに字だけが改められた。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称・区分 | 備考 |
|---|---|---|
| 1398年 | 外山郷 | 応永5年の史料に「越中国外山郷地頭職」の記述が文献初出 |
| 室町 | 外山(とやま) | 越中守護所の東側に位置する地域として記録 |
| 1581年 | 富山 | 佐々成政の富山城入城以降、「富山」の字が使われ始める |
| 江戸 | 富山藩 | 前田利次が富山藩を立藩(1639年)。加賀藩の支藩 |
| 1889年 | 富山市 | 明治22年、市制施行 |
地名の特徴
富山市は立山連峰を望む城下町として知られ、江戸時代には「富山の薬売り」で有名な売薬業が発展した。「外山」から「富山」への改字は、戦国時代に武将が城下町の繁栄を願って縁起の良い字に改める事例の典型である。同様の改字は日本各地に見られる慣習であった。