🗾 地名由来辞典

牧之原市 ( まきのはらし )

静岡県 / 牧之原市 江戸時代由来

AI生成・人間確認済み

市名は市の北部に広がる牧之原台地と同じ名で、台地名「牧之原」は古く一帯に官牧や私牧が置かれたことに由来するとされます。2005年の相良町・榛原町の合併にあたり、公募と合併協議会の投票を経て「牧之原市」に決まりました。

語源

牧之原市の市名は、市の北部に広がる牧之原(まきのはら)台地と同じ名です。市名の公募では、両町ともに牧之原台地を茶所として発展してきたことなどが応募理由に挙がっていました(経緯は後述)。

台地名「牧之原」の由来について、お茶街道の「地名のお話」は、国の公営牧場である官牧があったことによると説明しています。同じ解説によれば、遠江に置かれた官牧は「白羽牧」と呼ばれ、のちに官牧が縮小されると地元住民による私牧が営まれるようになりました。私牧は台地周辺の侵食谷に沿って相良から湯日、さらに質呂へと北に広がり、台地に沿って北上したことから、いつしかこの台地が牧之原と呼ばれるようになったといいます。コトバンクに収録された『日本大百科全書』も、かつては原野が広がり、馬牧や牧野の存在が地名の起源ともいわれるとしています。

お茶街道が引く『掛川誌稿』(掛川藩主太田資順の命で編まれた地誌で、天保10年〈1839年〉に稿了。コトバンク)には、「牧野原」は北の質呂に起こって西南に長く延びるものの、北の方だけを牧野原と呼び、南の方はそれぞれの属する村の名で鎧塚原・湯日原・矢口原・川崎原などと呼んだと記されています。お茶街道は、昔は北側の一部を牧之原と呼んだとみられるとし、それらの原の総称には「布引原」の名が使われていたとも記されているとしています。そのうえで、総称して牧之原と呼ぶようになったことは、明治2年(1869年)の士族入植の記録に「金谷原」の名が使われていることからもわかると述べています。

牧之原台地の茶園は、1869年(明治2年)に徳川家旧臣の士族や大井川の川越人足が入植して開墾を始めたことに始まります(コトバンク)。

市名の由来(命名の経緯)

2004年(平成16年)、相良町と榛原町の合併協議会は、3月4日の第5回協議会で新市の名称を公募で決めることを確認しました。3月25日の第6回協議会では募集要領が協議され、小委員会の案にあった、現在の町名(相良・榛原)を公募の対象に含めるという項目について、対等合併で一方の町名を使えばしこりが残るといった意見が出されました。挙手の結果、含めるが12名、含めないが17名となり、両町の名は公募の対象から外されました。

公募は4月26日から5月31日まで行われ、1,885件(うち有効1,812件)が寄せられました。表記別の応募数では、「榛南(はいなん)」273件、「静波(しずなみ)」185件に次いで「牧之原」が119件で3位でした。「牧の原」「牧ノ原」「まきのはら」など同じ読みの表記を合わせると235件で、読みの「はいなん」系の343件に次ぐ数でした。「牧之原」の主な応募理由には、東名高速のインターがあって全国的に有名な茶園もあること、両町にまたがる牧之原台地の茶園は全国でも有名で覚えやすいこと、相良町・榛原町ともに牧之原台地を茶所として発展してきたことなどが挙がっています。

新市の名称及び事務所の位置選定小委員会は、委員が3点ずつ名称を挙げた結果(「牧之原」6票が最多)をもとに、「牧之原市」「はいなん市」「榛南市」「静波市」「駿河市」の5点を候補に選びました。同じ読みでも、応募理由などを考慮して「はいなん」と「榛南」は別々の候補として扱われています。小委員会は「牧之原市」の選定理由を、東名高速のインターチェンジやサービスエリアがあり、茶所としても全国的に有名で、合併すれば新市の生葉収穫量・荒茶生産量が全国一となるため、新市の名称としてふさわしいとしています。

7月8日の第12回協議会では、無記名投票の結果、「牧之原市」17票、「はいなん市」6票、「榛南市」4票、「静波市」3票、「駿河市」2票となり、いずれも3分の2に届かなかったため、上位2点で決選投票が行われました。「牧之原市」22票、「はいなん市」10票で「牧之原市」が過半数を得て、委員の挙手による確認を経て新市の名称に決まりました。

2005年(平成17年)10月11日、相良町と榛原町の対等合併により牧之原市が誕生しました。

歴史的変遷

時代呼称備考
江戸時代(天保10年稿了の『掛川誌稿』)牧野原 / 布引原『掛川誌稿』では北側の一部を牧野原と呼ぶ。原の総称には布引原の名が使われていたとも記される(お茶街道)
明治2年(1869年)金谷原士族入植の記録に見える名(お茶街道)
明治22年(1889年)相良町・萩間村・菅山村・地頭方村 / 川崎町・勝間田村・坂部村町村制の施行により、現在の相良地域・榛原地域に2町5村が生まれる
昭和26年(1951年)相良町菅山村を合併
昭和30年(1955年)相良町 / 榛原町昭和の合併で相良地域全域が相良町、榛原地域全域が榛原町となる
平成17年(2005年)牧之原市10月11日、相良町と榛原町の対等合併により誕生

地名の特徴

牧之原市は、北部に広がる牧之原台地、変化に富んだ海岸、河川の沖積平野から成ります(牧之原市)。市名と同じ名をもつ牧之原台地は大茶園の広がる茶の産地として知られ、合併協議でも茶所としての知名度が市名の選定理由に挙げられました。

市の公式サイトによれば、この地域には平安時代中期以降、笠原牧・相良牧が存在したことも知られています。

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-27