語源
加須という地名がどう生まれたのかは、よく分かっていません。 市の歴史資料は次の3説を挙げています。
- 加津(かつ)説 — 市内の光明寺は元亀2年(1571年)に「加津蔵三長高」によって開かれたとされ、この人物の名「加津」から地名が起こったとする説
- 神増(かみます)説 — 市内の大聖院は京都の聖護院を本山とする修験の寺で、「八幡山大聖院神増寺」と称した。この「神増」から地名が起こったとする説。市内には「神増村」と記した記録も残る
- 加増(かぞう)説 — 元禄期ごろから利根川の治水事業と新田開発が盛んになり、加須一帯の石高が増えた。領主にとってこれは「加増」であり、そこから地名が起こったとする説
いずれも決め手を欠きます。 表記の上では、1560年ごろから1720年ごろにかけて「加増」「神増」「加津」が用いられ、のちに「加須」へと移りました。ただしなぜ「須」を「ぞ」と読むのかは説明されていません。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 江戸 | 加増村 | 田園簿に見える表記 |
| 江戸 | 神増村 | 貞享元年の久喜鷹場村数覚に見える表記 |
| 江戸 | 加須村 | 元禄郷帳で確認できる表記 |
| 明治以降 | 加須町・加須市 | 町村制施行後、のちに市制へ |
地名の特徴
加須は、表記が三通りに揺れたうえ、最終的に落ち着いた「加須」の読み方すら説明がつかないという、解きにくさの重なった地名です。3説はそれぞれ人名・寺名・石高と出発点が異なり、共通点がありません。
現在の加須市中央部にあたる旧町場を中心に発達した地名で、周辺には三俣・久下・礼羽などの古い地名が残ります。
特産・名物
加須市を代表する名物が加須うどん(かぞうどん)です。約300年前の江戸時代中期、利根川の渡し場や不動岡の總願寺(そうがんじ)の門前で参拝客をもてなしたのが始まりとされています。「足踏み」「寝かせ」といった手打ちうどん独特の工程を通常の倍も重ねることで生まれる強いコシとなめらかなのどごしが特長で、現在も市内各地の店舗や農家で受け継がれています。
また、加須市は全国有数の鯉のぼりの産地としても知られています。明治初期に始まった鯉のぼりの製造は、大正12年の関東大震災後に注文が急増し、第二次世界大戦前には生産量日本一を誇りました。現在も市内では鯉のぼりの製造が続けられており、毎年5月3日には全長100メートルのジャンボこいのぼりを遊泳させるイベントが開催されています。
農業の分野では、利根川流域の肥沃な土地を活かしてうなぎや米・野菜などの生産も盛んで、「かぞブランド」として市が認定した優れた地元産品が多数揃っています。