🗾 地名由来辞典

浦和区 うらわく

埼玉県 / 浦和区 不明時代由来

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浦和の地名は、川や海辺の曲がりくねった「浦」から転じたとする説が有力です。縄文期から人が住み、江戸期には宿場町として発展しました。

語源

浦和うらわの地名は、川や海辺の曲がりくねった場所を表す「浦」や、「浦曲(うらわ)」が転じたものとする説があります。Web検索結果では、縄文期に東京湾の海が入り込み、現在の市域周辺が水辺の地形だったこと、また入間川流域の曲がりくねった水辺を指した地名だったことが紹介されています。

一方で、由来には諸説あり、はっきりした定説はありません。ただし、古くから水辺と結びついた土地であったことが、地名の背景にあると考えられています。

歴史的変遷

時代呼称備考
古代浦和周辺調(つきのみや)神社に関連する伝承があり、古くから人の往来があったとされる
江戸時代浦和宿中山道の宿場町として発展し、二・七市場などでにぎわった
明治時代浦和町県庁所在地として行政・教育の中心地となる
昭和浦和市市制施行により浦和市となる
平成浦和区さいたま市の政令指定都市移行に伴い誕生

地名の特徴

浦和は、宿場町としての歴史に加え、関東大震災後に住宅地・文教地区として評価を高めた地域です。とくに「鎌倉文士と浦和画家」と並び称されるように、文化人が集まった土地としても知られます。

また、沼地でうなぎがよく獲れたことから、浦和はうなぎ料理の町としても有名です。地名の由来そのものは地形に関わる説が中心ですが、地域のイメージは歴史・食文化・教育の積み重ねによって形づくられてきました。

特産・名物

浦和区を代表する名物がうなぎ料理である。江戸時代、中山道・浦和宿を往来する旅人にうなぎの蒲焼を提供したことが起源とされ、浦和周辺の沼地でうなぎが豊富に獲れたことから、うなぎ料理の文化が根付いた。「浦和のうなぎ消費量全国一」とも称されるほど食文化として定着しており、さいたま市の伝統産業に認定されている。浦和区内には今も老舗のうなぎ料理店が複数軒を連ね、蒲焼の香りが漂う街並みが残っている。

JR浦和駅前には、アンパンマンの原作者・やなせたかし氏がデザインした**「浦和うなこちゃん」**の石像が建立されており、さいたま市の観光大使として地域のシンボルになっている。また、1898年に浦和区(旧浦和市域)の農家・山田いちさんが発見したさつまいも「紅赤(べにあか)」は、栗のような風味とホクホクした食感を持つ「さつまいもの女王」として知られ、さいたま市内の研究会が栽培を続けている。

さいたま市のふるさと納税(「ふるさと応援」寄附)の返礼品には浦和のうなぎをはじめさいたま市の名産品が揃っており、全国から寄附を受け付けている。

参考資料・出典

最終更新: 2026-06-18