語源
「吉野ヶ里」という地名は、1986年(昭和61年)から発掘調査が始まった「吉野ヶ里遺跡」に由来する。この遺跡は日本最大規模の弥生時代環濠集落として知られる。
「ヶ里」の語源は、奈良時代の律令制で実施された「条里制」という土地区画制度の単位「里(さと)」にある。条里制では田畑を方格状に区画し、その一区画を「里」と呼んでいた。旧神埼郡内には現在も「○○ヶ里」という地名が各所に残っており、古代の土地制度が地名に刻まれている。
2006年(平成18年)3月1日、神埼郡の三田川町と東脊振村が合併して新設された際、地域の顔ともいうべき著名な遺跡の名を採って「吉野ヶ里町」と命名された。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 古代 | 吉野ヶ里周辺 | 条里制の「里」として土地が区画されていた |
| 弥生時代 | 吉野ヶ里 | 日本最大の環濠集落が存在した |
| 2006年 | 吉野ヶ里町 | 三田川町・東脊振村合併により新設 |
地名の特徴
吉野ヶ里町は佐賀県東部の神埼郡に位置し、面積の多くを吉野ヶ里遺跡(国指定特別史跡)が占める。弥生時代(紀元前3世紀〜紀元後3世紀ごろ)に繁栄した環濠集落の跡地であり、邪馬台国の時代の集落像として広く知られる。
「条里制の里」という古代制度の痕跡が地名に残り、そこで発見された遺跡が町名の由来となるという、歴史の重層性を体現した地名でもある。
特産・名物
吉野ヶ里町は佐賀平野の農業地帯として、ブランド米「さがびより」が長年にわたり食味ランキング「特A」を受賞するなど、高品質な米の産地として知られる。また佐賀牛も返礼品として提供されており、佐賀県産農畜産物の豊かさを体現している。
歴史の面では、鎌倉時代に宋から帰国した栄西禅師が日本で最初にお茶の栽培を始めた霊仙寺(現在は福岡県との境付近)がこの地域に関わるとされ、「茶栽培発祥の地」としての由来も伝えられている。吉野ヶ里遺跡は観光資源として広く知られており、歴史と農業が共存する町の魅力となっている。