🗾 地名由来辞典

佐世保市 させぼし

長崎県 / 佐世保市 鎌倉時代由来

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佐世保の地名は諸説あるが、狭い川瀬を意味する「狭瀬」と中世の行政単位「保」が結びついたとする説や、シャシャンボの古名「サセブ」に由来する説が広く知られている。

語源

「佐世保」の地名には古くから複数の説があり、現在でも定説は存在しない。 もっとも有力な説の一つは、「狭瀬(させ)」に由来するというものである。これは入り江や川の流れが狭くなった場所を意味する古語「狭瀬」が転じて「佐世」となり、そこへ中世の行政区画を表す「保(ほ)」が付いて「佐世保」となったとする説である。佐世保湾は入り口が狭く奥行きの深い天然の良港であり、この地形的特徴ともよく一致する。 別の有力説として、この地域に繁茂していた常緑樹のシャシャンボの古名「サセブ」に由来するという説がある。周辺にサセブの木が多く生えていたことから地名となり、後に「佐世保」の字が当てられたとされる。 さらに伝説的な説として、神功皇后じんぐうこうごうが遠征の途中にこの港へ立ち寄り、裂けた帆を修理したことから「サケホ」と呼ばれるようになり、それが転じて「サセボ」になったという話も伝わっている。

歴史的変遷

時代呼称備考
中世佐世保「保」は荘園・行政単位を示す語として使用されたとされる
戦国時代佐世保松浦氏の一族である佐世保氏の本拠地として知られる
江戸時代佐世保村平戸藩領の村名として継続使用
明治時代佐世保村・佐世保町海軍鎮守府設置により急速に発展
1902年(明治35年)佐世保市市制施行

地名の特徴

佐世保は天然の良港を中心として発展した都市であり、地形由来説が広く支持されている。特に「狭瀬」の語源説は、港口が狭く内部が広がる佐世保湾の特徴をよく表している。 一方で、植物名に由来する説も残されており、古代から中世にかけて自然環境が地名形成に大きく影響したことを示している。現在でも佐世保の地名研究では、地形由来説とサセブ(シャシャンボ)説が代表的な説として紹介されることが多い。 また、佐世保氏という中世武士団の存在から、人名との関連を指摘する見解もあるが、氏族名が先か地名が先かは明確になっていない。そのため「佐世保」は、長崎県内でも特に由来が多様で興味深い地名の一つとして知られている。

参考資料・出典

最終更新: 2026-06-16