🗾 地名由来辞典

栄村 ( さかえむら )

長野県 / 栄村 昭和時代由来

AI生成・人間確認済み

栄村は、昭和31年(1956年)に下高井郡堺村と下水内郡水内村が合併して発足した村です。村名は両村の一般からの公募で最も多かった「栄村」が採用されました。

語源

栄村は、昭和31年(1956年)に下高井郡堺村と下水内郡水内村が合併して発足した村です。村の『2025村勢要覧』は、合併・発足を同年9月としています。合併前年の昭和30年国勢調査による人口は、堺村が5,641人(862戸)、水内村が2,331人(433戸)でした。

『栄村史 水内編』によると、新しい村名は水内・堺両村の一般からの公募で決められ、最も多かった「栄村」が採用されました。合併の協議では新村がどちらの郡に属するかがまとまらず、県の裁定によって下水内郡に所属することが決まっています。その後、二か村の合併と新村設立が県会の議決を得て、同書では10月1日から栄村として発足したと記されています(役場での閉村式は9月29日)。

応募者が「栄」という字を選んだ理由までは、同書にも記されていません。旧村名の「堺(さかい)」と読みが近い字ですが、両者の関係を述べた資料も見つかっていません。

合併前の堺村は、『信州地域史料アーカイブ』所収の『長野県町村誌』で、明治初期の村名として確認できます。

歴史的変遷

時代呼称備考
明治初期堺村『長野県町村誌』に見える村名
昭和栄村昭和31年(1956年)、堺村と水内村が合併して発足(『2025村勢要覧』は9月、『栄村史 水内編』は10月1日発足とする)。村名は両村からの公募で最多数のもの

地名の特徴

志久見・箕作は、『長野県町村誌』で幕末から明治初期の村名として確認できる地名です。『2025村勢要覧』の沿革図では、この2村が明治8年に合併して堺村となっています。

また、同じ『長野県町村誌』には、塩尻、月岡、極野などが明治期の堺村の字地として記されています。

特産・名物

長野県最北端に位置する栄村は、日本有数の豪雪地帯であり、雪がもたらす豊かな水と肥沃な土壌が育む農作物が自慢です。以下に代表的な特産品を紹介します。

地名の変遷

  1. 明治 堺村 — 明治初期から見える村名。昭和31年に水内村と合併して栄村となった。
  2. 水内村 — 下水内郡の村。昭和31年に堺村と合併して栄村となった。

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-25