語源
大町市の「大町」は、鎌倉時代に現・大町市大字大町の地に仁科氏が居館を構え、町造りを進めたことにさかのぼるとされています。コトバンク所収の『日本歴史地名大系』では、史料上の初見は天文22年(1553年)の「大町年寄十人」「大まちの関」であるとしつつ、その起源は中世の町場形成にあると説明しています。
また、一路一会の紹介では、江戸時代には「仁科大町」とも呼ばれ、実際の「大町」は本町と仲町の総称だったとされます。千国街道の宿場町として発展した市場町・城下町の性格が、地名の定着に強く関わったと考えられます。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 鎌倉 | 大町の原型 | 仁科氏が居館を置き、町造りを進めたとされる |
| 室町 | 大町 | 1553年の史料に「大町年寄十人」「大まちの関」がみえる |
| 江戸 | 仁科大町 | 本町・仲町の総称として用いられたとされる |
| 昭和 | 大町市 | 1954年に市制施行 |
地名の特徴
大町は、北アルプス方面から松本方面へ通じる交通の要衝に位置し、千国街道の宿場町として栄えました。地名そのものも、単なる集落名というより、仁科氏の城館を中心に形成された町場の広がりを示す名称として理解できます。
周辺には「九日町」「八日町」「五日町」など、旧市日に由来する町名が残り、中世以来の市場町の性格を今に伝えています。大町の地名は、城下町・宿場町・商業町としての歴史と結びついた地域名の典型例といえます。