語源
「高松」の地名は、平安時代に編纂された地誌「和名類聚鈔」に「多加津(たかつ)の郷」として初めて記録されており、讃岐国内の古い地名である。
地名の由来として最も有力な説は、この地に天を突くような大きく高い松があったことにちなむというものである。古代の高松地区(現・古高松地区)は港町として栄えており、目印となる大松があったとも考えられる。
1588年(天正16年)、豊臣秀吉の家臣・生駒親正が篦原(のはら)庄に城を築き「高松城」と命名したことで、城下町全体の名称として「高松」が定着した。
歴史的変遷
| 時代 | 記録・出来事 |
|---|---|
| 平安時代 | 「和名類聚鈔」に「多加津の郷」として記載 |
| 中世 | 無量寿院の門前町として発展 |
| 1588年 | 生駒親正が高松城を築城し、城下町「高松」が形成 |
| 江戸時代 | 松平氏(水戸徳川家の支流)が高松藩を治める |
| 1890年 | 市制施行により高松市が誕生(全国40番目の市) |
地名の特徴
「高松」という地名は「高い松」という植物由来の命名で、景観の特徴を地名に留めた例である。讃岐平野に位置する高松は、屋島など歴史的戦場にも近く、瀬戸内海交通の要衝として古くから開けた土地だった。現在は香川県の県庁所在地として四国の玄関口を担っている。