語源
「清田」という地名は、昭和19年(1944年)12月1日の字名整理で生まれました。それまで厚別と呼ばれていた一帯が6つの地名に分けられた際、厚別川沿いの低地に広がる美しい清らかな水田地帯という意味で「清田」と名付けられたものです。もとは「厚別本通(あしりべつほんどおり)」と呼ばれていたあたりにあたります。
平成9年(1997年)11月4日、豊平区から分区して札幌市10番目の区が誕生した際、この既存の地名がそのまま区名として採用されました。したがって区名「清田」の直接の由来は、アイヌ語ではなく、水田にちなむこの昭和期の命名にあります。
旧地名「あしりべつ」
清田区一帯はかつて厚別と呼ばれ、これは区内を流れる厚別川のアイヌ語名に由来します。江戸時代には「アシュシヘツ」「ハシユシベツ」「アシュウシベツ」などと記されました。
その語義には諸説あります。あしりべつ郷土館の解説では、松浦武四郎がアイヌの人に「アシュシヘツ」の意味をたずね「ウラエ(ヤナ)のある川」と記したことが紹介されており、これはサケを採る仕掛けを川に設けたことによる解釈です。一方、山田秀三説の「柴木・群生する川」、永田方正説の「雑樹の川」、また「灌木の中を流れる川」「低木の中を流れる川」とする説明も伝えられています。
昭和19年に「厚別」の名が改められた背景には、漢字「厚別」を「あしりべつ」と読むのが難しかったこと、白石区の厚別と紛らわしかったこと、戸数が1,000戸を超えて郵便配達に支障が出ていたことがありました。このとき「厚別」は清田・眞榮・北野・平岡・里塚・有明の6つに分けられています。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 江戸 | アシュシヘツ / ハシユシベツ / アシュウシベツ | 厚別川および周辺地域の呼称 |
| 明治 | 厚別(あしりべつ) | 地域名として定着 |
| 昭和 | 清田 | 昭和19年(1944年)の字名整理で、字厚別から分かれて成立 |
| 平成 | 札幌市清田区 | 平成9年(1997年)、豊平区から分区。地名「清田」を区名に採用 |
地名の特徴
清田区の区名は、開拓期の水田風景を映した瑞祥的な地名です。同じ札幌市内には、川名や地形名にアイヌ語由来の地名が数多く残っており、清田区もかつては「あしりべつ」と呼ばれていました。読みの難しさや隣接地域との紛らわしさから改称された点で、アイヌ語地名がそのまま残った他区とは対照的な経緯をたどっています。
区内には旧名の系譜も生きており、区役所近隣の「あしりべつ郷土館」や厚別川の名に「あしりべつ」の音が受け継がれています。また区内の「トンネ川」も、ナラの木に由来するアイヌ語地名として知られています。
特産・名物
清田区は、歴史的に札幌随一の米産地として知られた地域である。厚別川両岸に広がる河岸平地は肥沃な農地に恵まれており、明治10年(1877年)に厚別地区で始まった米作りが近隣一帯に広まり、長らく市内第一の水田農業地帯として機能した。区名「清田」が水田にちなむのも、この土地柄を映したものである。
また、平岡地区では明治期から畑作が定着し、大正時代以降はリンゴ栽培が盛んとなった。豊平区平岸と並ぶ札幌近郊のリンゴ産地として知られ、戦後の宅地化が進む前は平岡一帯にリンゴ園が広がっていた。現在でも一部の農家が伝統を受け継いでおり、旬の時期には地元直売所で新鮮なリンゴが販売される。