語源
戸畑という地名は、奈良時代の文献に見える「鳥旗(とりはた)」「名籠屋(なごや)の大済(おおわたり)」「飛幡(とばた)」などの表記にさかのぼるとされています。北九州市戸畑区の公式案内では、現在使われている「戸畑」の文字は、758年(天平宝字2年)の『万葉集』に記された「飛幡」が由来といわれると説明されています。
また、1396年(応永3年)の所領目録には「戸畑浦」、1595年(文禄4年)の記録には「戸畑村」とあり、少なくとも中世以降は「戸畑」の表記が定着していたことがわかります。地名の意味そのものは明確に断定されていませんが、古い海辺の地名として文献に残り、表記を変えながら受け継がれてきた地名です。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 奈良 | 鳥旗・名籠屋・飛幡 | 『筑前風土記』『日本書紀』『万葉集』に見える表記 |
| 平安以降 | 不明 | 文献上の継続的な用例は限定的 |
| 室町 | 戸畑浦 | 1396年の所領目録に記載 |
| 安土桃山 | 戸畑村 | 1595年の記録に記載 |
| 江戸 | 戸畑村 | 伊能忠敬の測量日記にも見える |
地名の特徴
戸畑区は洞海湾に面した海辺の地域で、古くから航路や港と関わりの深い土地でした。『日本書紀』に見える「名籠屋の大済」は、現在の戸畑周辺を指すとされ、海上交通の要衝として認識されていたことがうかがえます。
同じ戸畑区内でも、境川・正津町・汐井町などには、川や入り江、岬、船着場といった地形や海辺の暮らしに由来する町名が多く残っています。戸畑の地名全体も、こうした海と港の歴史の中で育まれたものといえます。
参考文献
- 北九州市戸畑区「地名の由来」
- 北九州市戸畑区「町名の由来」
- Wikipedia「戸畑区」