語源
「山口」は**「山の入り口」**を意味する地名で、語源については主に地形由来説が支持されている。
最有力説は、東鳳翩山などの山々への入り口にあたる地形であることから「山口」と呼ばれたとするもの。他にも、山の縁(へり)を意味する「ヤマフチ」が転じて「ヤマグチ」になったとする説や、鉱山への入り口を指したとする説がある。
地名が行政単位として注目されるのは室町時代からで、大内氏が山口を本拠地として京都文化を取り込んだ「西の京」として栄えた。関ヶ原の戦い後は毛利氏が長門・周防2国に減封されて長州藩を形成し、1863年(文久3年)には藩庁を萩から山口に移転したことで、県庁所在地としての地位が確立した。
県名確定の経緯
1871年(明治4年)7月の廃藩置県で山口県・豊浦県・清末県・岩国県等が設置された。同年11月の第1次府県統合により、長門・周防両国全域が山口県に一本化されて現在の県域が確定した。
歴史的変遷
| 時代 | 区分・名称 | 備考 |
|---|---|---|
| 律令期 | 長門国・周防国 | 別々の令制国として統治 |
| 室町 | 大内氏支配 | 「西の京」として文化都市に発展 |
| 江戸 | 長州藩(萩藩) | 毛利氏が藩主、萩に藩庁 |
| 文久3年(1863) | 藩庁を山口へ移転 | 山口の重要性が高まる |
| 明治4年(1871) | 山口県 | 廃藩置県・府県統合で現在の形に確定 |
地名の特徴
「山口」という地名は日本全国に多く存在する普通名詞由来の地名であるが、山口県庁所在地の山口市は県と同名であるにもかかわらず人口が少なく(約19万人)、都道府県庁所在地の中で最も人口が少ない都市の一つとして知られる。