語源
「埼玉」の地名のもとは、飛鳥時代の史料に登場する**「前玉(さきたま)」**にある。現在の行田市に位置する「さきたま古墳公園」の地が、県名発祥の地とされている。
「さきたま」の語源については地形説が有力で、**「さき」は「先・崎」の意味で突き出た地形を、「たま」は「溜(ため)」**が転じたもので水の溜まる湿地や湖沼を指すと考えられている。つまり「さきたま」とは「湿地帯の端」「水辺の突き出た場所」を意味する地名だった。
奈良時代の『万葉集』には「佐吉多万(さきたま)」の名で登場し、平安時代の地理書『和名類聚抄』では「埼玉郡(さいたまのこおり)」という漢字表記と読み「さいたま」への転訛が確認できる。「さきたま」から「さいたま」への変化は、音韻の自然な推移によるものとされている。
県名確定の経緯
1871年(明治4年)の廃藩置県において、武蔵国北部の諸藩が統合されて県が成立する際、県庁を埼玉郡岩槻町に置く計画だったため、郡名から**「埼玉県」**と命名された。
しかし岩槻町には県庁に適した建物がなく、実際の県庁業務は**足立郡浦和宿(現・さいたま市浦和区)**で開始された。県名の由来となった埼玉郡は浦和宿とは別の郡であるが、命名後に変更されることはなかった。
歴史的変遷
| 時代 | 区分・名称 | 備考 |
|---|---|---|
| 飛鳥時代 | 前玉評(さきたまのこおり) | 飛鳥時代の史料に初出 |
| 奈良時代 | 武蔵国埼玉郡 | 万葉集に「佐吉多万」として登場 |
| 平安時代 | 埼玉郡(さいたまのこおり) | 『和名類聚抄』に「さいたま」と記録 |
| 律令期 | 武蔵国(むさしのくに) | 東海道に属す令制国 |
| 江戸時代 | 武蔵国 / 各藩 | 川越藩・忍藩など複数の藩が分立 |
| 1871年(明治4年) | 埼玉県(成立) | 廃藩置県で武蔵国北部の諸藩が統合 |
地名の特徴
「埼玉」という漢字は「崎・玉(水辺)」を連想させるが、元来の読みは「さきたま」だった。古代の埼玉郡域は現在の行田市・鴻巣市付近にあたり、荒川・利根川が流れる低湿地帯が広がっていた。地形由来の名称がそのまま県名として受け継がれた、古代からの歴史を持つ地名といえる。
なお県庁は最終的に浦和(現・さいたま市)に定着したが、県名の由来となったさきたま古墳公園(行田市)は「日本の歴史公園100選」にも選ばれており、県名発祥の地として現在も親しまれている。