🗾 地名由来辞典

都道府県名の由来

奈良県 ならけん

明治時代由来
AI生成

「奈良」の語源は土地を「平す(ならす)」に由来するという説が有力で、山に囲まれた盆地を切り開いて造成した地を表すとされる。古代の都・平城京が置かれた地で、廃藩置県後に一時大阪府に編入された後、1887年に独立した県として復活した。

語源

「奈良(なら)」の地名の語源については複数の説があるが、近年では**「平す(ならす)」説**が有力視されている。山に囲まれた大和盆地の地形を切り開いて平坦に造成した場所を「ならした地(平地)」と呼んだことが地名の起源とするものである。

もう一つの有力説は朝鮮語の「ナラ(国)」説で、古代に渡来人が多く居住したこの地で、朝鮮語の「国・都」を意味する「ナラ」が地名になったとする説である。ただし現在は地形由来の「平す」説が学術的には優勢とされる。

古くは「那羅(なら)」「寧楽(なら)」「平城(なら)」などと表記され、奈良時代の都「平城京(へいじょうきょう)」の地名にも「平(なら)」の字が使われている。

県名確定の経緯

1868年(慶応4年)5月、新政府が大和国に「奈良県」の前身となる行政機関を設置したのが「奈良県」という名の初出とされる。1871年(明治4年)の廃藩置県で正式に「奈良県」が成立した。

しかしその後の統廃合で1876年(明治9年)に「堺県」へ合併され、さらに1881年(明治14年)には大阪府に編入された。奈良は独自の県を持てない時期が続いたが、住民の分県運動もあり、1887年(明治20年)に大阪府から分離して「奈良県」として再独立した。

歴史的変遷

時代区分・名称備考
律令期大和国成立畿内の中枢。「倭(やまと)」から「大和」へ
710年(和銅3年)平城京への遷都元明天皇が藤原京から遷都。奈良時代の始まり
784年(延暦3年)長岡京へ遷都平城京は廃都となるが「奈良」の地名は継続
江戸時代大和国 / 幕府直轄・藩興福寺・東大寺を中心とした門前都市として発展
1871年(明治4年)奈良県成立廃藩置県で奈良県が発足
1876年(明治9年)堺県に合併奈良県が廃止されて堺県へ
1881年(明治14年)大阪府に編入堺県も廃止され大阪府の管轄となる
1887年(明治20年)奈良県として再独立大阪府から分離し現在の奈良県が確定

地名の特徴

奈良は「大和(やまと)」という旧国名のほうが全国的に知名度が高い例の一つで、「大和路」「大和撫子」など「やまと」を冠した言葉は今も広く使われている。廃藩置県後に一時的に他県に吸収された後、再独立を果たした経緯は富山・福井とも共通するパターンであり、明治初期の行政再編の複雑さを物語っている。

地名の変遷

  1. 奈良 大和国(やまとのくに) — 律令制下の令制国。畿内に属し、日本の中心的な国として「大和(やまと)」と呼ばれた。古くは「倭(やまと)」とも表記された。
  2. 明治 奈良県→堺県→大阪府 — 1871年に奈良県が成立したが1876年に堺県に合併、さらに1881年に大阪府へ編入された。1887年(明治20年)に大阪府から分離して奈良県として再独立した。

参考資料・出典

最終更新: 2026-05-01