語源
「奈良(なら)」の地名の語源については複数の説があるが、近年では**「平す(ならす)」説**が有力視されている。山に囲まれた大和盆地の地形を切り開いて平坦に造成した場所を「ならした地(平地)」と呼んだことが地名の起源とするものである。
もう一つの有力説は朝鮮語の「ナラ(国)」説で、古代に渡来人が多く居住したこの地で、朝鮮語の「国・都」を意味する「ナラ」が地名になったとする説である。ただし現在は地形由来の「平す」説が学術的には優勢とされる。
古くは「那羅(なら)」「寧楽(なら)」「平城(なら)」などと表記され、奈良時代の都「平城京(へいじょうきょう)」の地名にも「平(なら)」の字が使われている。
県名確定の経緯
1868年(慶応4年)5月、新政府が大和国に「奈良県」の前身となる行政機関を設置したのが「奈良県」という名の初出とされる。1871年(明治4年)の廃藩置県で正式に「奈良県」が成立した。
しかしその後の統廃合で1876年(明治9年)に「堺県」へ合併され、さらに1881年(明治14年)には大阪府に編入された。奈良は独自の県を持てない時期が続いたが、住民の分県運動もあり、1887年(明治20年)に大阪府から分離して「奈良県」として再独立した。
歴史的変遷
| 時代 | 区分・名称 | 備考 |
|---|---|---|
| 律令期 | 大和国成立 | 畿内の中枢。「倭(やまと)」から「大和」へ |
| 710年(和銅3年) | 平城京への遷都 | 元明天皇が藤原京から遷都。奈良時代の始まり |
| 784年(延暦3年) | 長岡京へ遷都 | 平城京は廃都となるが「奈良」の地名は継続 |
| 江戸時代 | 大和国 / 幕府直轄・藩 | 興福寺・東大寺を中心とした門前都市として発展 |
| 1871年(明治4年) | 奈良県成立 | 廃藩置県で奈良県が発足 |
| 1876年(明治9年) | 堺県に合併 | 奈良県が廃止されて堺県へ |
| 1881年(明治14年) | 大阪府に編入 | 堺県も廃止され大阪府の管轄となる |
| 1887年(明治20年) | 奈良県として再独立 | 大阪府から分離し現在の奈良県が確定 |
地名の特徴
奈良は「大和(やまと)」という旧国名のほうが全国的に知名度が高い例の一つで、「大和路」「大和撫子」など「やまと」を冠した言葉は今も広く使われている。廃藩置県後に一時的に他県に吸収された後、再独立を果たした経緯は富山・福井とも共通するパターンであり、明治初期の行政再編の複雑さを物語っている。