🗾 地名由来辞典

都道府県名の由来

三重県 みえけん

明治時代由来
AI生成

「三重」の県名は古代の郡名「三重郡」に由来する。「み(水)」+「え(辺)」で水辺の地形を表すとする説が有力。廃藩置県後に安濃津県として発足したが、県庁移転に伴い三重郡の名から「三重県」に改称された。

語源

「三重(みえ)」の地名の語源については複数の説がある。最も有力とされるのは地形由来説で、「み(水)」+「え(辺)」を語源とし、鈴鹿川の水辺・湿地帯を表す地名だったとするものである。

一方、『古事記』には興味深い伝承が記されている。**倭建命やまとたけるのみこと**が東国平定の帰途、この地で「わが足、三重のまがりなして、いと疲れたり(わが足は三重に折れ曲がるほど疲れた)」と語ったことから、その地を「三重」と呼ぶようになったという説である。ただし地名伝説は後付けが多く、地形由来説のほうが学術的には有力視されている。

律令制下では「三重郡(みえのこおり)」として伊勢国に属する郡として記録されており、現在の四日市市付近がその郡域にあたる。

県名確定の経緯

1871年(明治4年)の廃藩置県で、県庁が**安濃郡津(現・津市)**に置かれたことから「安濃津県(あのつけん)」として発足した。

しかし1872年(明治5年)3月、県庁が**三重郡四日市町(現・四日市市)**へ移転したため、郡名にちなんで「三重県」へと改称された。ところが1873年(明治6年)12月には県庁が再び津に移転した。このとき県名の変更は行われず、「三重県」の名はそのまま現在に至っている。

歴史的変遷

時代区分・名称備考
律令期伊勢国・伊賀国・志摩国成立東海道・東山道に属す令制国
律令期三重郡(みえのこおり)伊勢国内の郡として記録。現在の四日市市付近
江戸時代津藩(藤堂家)など複数の藩伊勢神宮の御師文化も栄える
1871年(明治4年)安濃津県成立廃藩置県で津に県庁を設置
1872年(明治5年)三重県に改称県庁を三重郡四日市に移転し郡名を採用
1873年(明治6年)県庁が津に再移転県名「三重」はそのまま維持
1876年(明治9年)度会県を合併現在の三重県域がほぼ確定

地名の特徴

三重県は県庁所在地が「津市」であり、「三重」という名は県庁所在地名とは一致しない。これは廃藩置県後の2度にわたる県庁移転という経緯による。「津(つ)」という地名は「港・水辺の港」を意味する普通名詞でもあり、「三重(水辺の地)」という語源とも共通する水辺の環境を反映している点が興味深い。

地名の変遷

  1. 奈良 伊勢国(いせのくに)/ 伊賀国(いがのくに)/ 志摩国(しまのくに) — 現在の三重県域は律令制下の伊勢国・伊賀国・志摩国を中心に構成される。東海道・東山道に属す令制国。
  2. 明治 安濃津県(あのつけん) — 1871年(明治4年)の廃藩置県で県庁が安濃郡津に置かれ「安濃津県」として発足した。1872年に三重郡へ移転し「三重県」に改称。

参考資料・出典

最終更新: 2026-05-01