語源
「三重(みえ)」の地名の語源については複数の説がある。最も有力とされるのは地形由来説で、「み(水)」+「え(辺)」を語源とし、鈴鹿川の水辺・湿地帯を表す地名だったとするものである。
一方、『古事記』には興味深い伝承が記されている。**倭建命**が東国平定の帰途、この地で「わが足、三重のまがりなして、いと疲れたり(わが足は三重に折れ曲がるほど疲れた)」と語ったことから、その地を「三重」と呼ぶようになったという説である。ただし地名伝説は後付けが多く、地形由来説のほうが学術的には有力視されている。
律令制下では「三重郡(みえのこおり)」として伊勢国に属する郡として記録されており、現在の四日市市付近がその郡域にあたる。
県名確定の経緯
1871年(明治4年)の廃藩置県で、県庁が**安濃郡津(現・津市)**に置かれたことから「安濃津県(あのつけん)」として発足した。
しかし1872年(明治5年)3月、県庁が**三重郡四日市町(現・四日市市)**へ移転したため、郡名にちなんで「三重県」へと改称された。ところが1873年(明治6年)12月には県庁が再び津に移転した。このとき県名の変更は行われず、「三重県」の名はそのまま現在に至っている。
歴史的変遷
| 時代 | 区分・名称 | 備考 |
|---|---|---|
| 律令期 | 伊勢国・伊賀国・志摩国成立 | 東海道・東山道に属す令制国 |
| 律令期 | 三重郡(みえのこおり) | 伊勢国内の郡として記録。現在の四日市市付近 |
| 江戸時代 | 津藩(藤堂家)など複数の藩 | 伊勢神宮の御師文化も栄える |
| 1871年(明治4年) | 安濃津県成立 | 廃藩置県で津に県庁を設置 |
| 1872年(明治5年) | 三重県に改称 | 県庁を三重郡四日市に移転し郡名を採用 |
| 1873年(明治6年) | 県庁が津に再移転 | 県名「三重」はそのまま維持 |
| 1876年(明治9年) | 度会県を合併 | 現在の三重県域がほぼ確定 |
地名の特徴
三重県は県庁所在地が「津市」であり、「三重」という名は県庁所在地名とは一致しない。これは廃藩置県後の2度にわたる県庁移転という経緯による。「津(つ)」という地名は「港・水辺の港」を意味する普通名詞でもあり、「三重(水辺の地)」という語源とも共通する水辺の環境を反映している点が興味深い。