🗾 地名由来辞典

都道府県名の由来

熊本県 ( くまもと )

江戸時代由来
AI生成

古くは「隈本」と書き、「隈(くま)」は川や山が曲がりくねった入り組んだ地形、「本(もと)」は中心地を指すとする地形説が有力。慶長12年(1607年)に加藤清正が「隈」の字を嫌って「熊」に改めた。

語源

「熊本」は古くは**「隈本(くまもと)」**と書かれ、文献に現れるのは南北朝時代以降である。読みは当時から「くまもと」で変わっていない。

語源として有力なのは地形説である。「隈(くま)」は川や山が曲がりくねった場所、低地と高地が入り組んだ地形を指す古語であり、「本(もと)」は「ふもと」「根元」「中心地」を意味する。白川(しらかわ)・坪井川(つぼいがわ)が蛇行しながら流れ、低湿地と台地が複雑に入り組む一帯の地形を、そのまま言い表した地名と考えられている。

このほかに、平安時代に肥後へ入った菊池氏の祖・菊池則隆(きくちのりたか)にちなむとする伝承も伝わる。ただしこれは後世の言い伝えの域を出ず、学術的には地形説が優勢とされる。

「熊本」への改字

加藤清正(かとうきよまさ)が「隈」を「熊」に改めたのが、現在の表記の直接の起源である。「隈」のつくりにあたる「畏」に「おそれる」「かしこまる」の意があり、武将の居城の名にふさわしくないとして、より力強い「熊」の字を充てたと伝えられる。

改字の時期は、新城が完成した**慶長12年(1607年)**とするのが通説である。慶長6年(1601年)の築城着工から慶長12年の竣工までの一連の事業に伴うものとする説もあり、改字を命じた同時代の文書は残っていない。読みは「くまもと」のまま、字面だけが変えられた。

県名確定の経緯

明治4年(1871年)7月14日の廃藩置県で熊本県が成立した。肥後国の旧国域とほぼ一致する珍しい例で、一時は八代県など南部が別に設置されたが、その後の合併を経て現在の熊本県域が確定した。

歴史的変遷

時代区分・名称備考
7世紀末(696年ごろ)肥後国成立肥前国と分割して成立
南北朝〜室町隈本「隈本」の表記が文献に現れる
慶長12年(1607)隈本→熊本加藤清正が新城の完成に合わせて改字
江戸熊本藩細川氏が藩主
明治4年(1871)熊本県廃藩置県で設置

地名の特徴

現在の「熊」の字は動物のクマとは関係がなく、地形語の「隈」を音はそのままに置き換えたものである。読みを保ったまま字面だけが為政者の意向で変えられた、全国でも数少ない例といえる。「隈」を含む地名は九州北部から中部にかけて多く、いずれも川の湾曲部や山あいの奥まった土地を指している。

地名の変遷

  1. 奈良 肥後国 — 持統天皇10年(696年ごろ)に肥前国と分割して成立
  2. 室町 隈本 — 南北朝時代以降の表記。読みは「くまもと」で変わらない

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-02