語源
「岐阜(ぎふ)」の地名は、1567年(永禄10年)に織田信長が美濃国を攻略し稲葉山城を占拠した後、旧来の城下の地名「井口(いのくち)」を改称して誕生した。
信長の命名については、禅僧**沢彦宗恩(たくげんそうおん)**が中国の故事にちなんだ地名案として「岐山(きざん)」「岐陽(きよう)」「岐阜(ぎふ)」の三案を提示し、信長がその中から選択したという説が最も広く伝わる。
- **「岐(き)」**は中国の周王朝発祥の聖地「岐山」に由来。周の文王・武王が覇業を成した地として、天下統一の志を表す
- **「阜(ふ)」**は孔子の生誕地「曲阜(きょくふ)」に由来。文化・学問の隆盛を願う意味を持つ
ただしこの説は説話的要素が強く、信長が改称する以前から僧侶の間では「岐阜陽」「岐阜」「岐陽」と呼ばれていたという指摘もある。旧地名「井口」は長良川と支流が合流する「川の入口・合流点」を意味する地形由来の名だった。
県名確定の経緯
信長による「岐阜」の命名以降、この地名は城下町の名として定着した。明治維新後、1871年(明治4年)の廃藩置県で美濃・飛騨両国に複数の県が置かれたが、同年11月22日に美濃国一円を管轄する「岐阜県」が誕生した。その後1876年(明治9年)に飛騨国(筑摩県の一部)を合併し、ほぼ現在の岐阜県域が確定した。
歴史的変遷
| 時代 | 区分・名称 | 備考 |
|---|---|---|
| 律令期 | 美濃国・飛騨国成立 | 東山道に属す二つの令制国 |
| 戦国時代まで | 井口(いのくち) | 長良川合流点の城下町。斎藤道三の拠点 |
| 1567年(永禄10年) | 岐阜に改称 | 信長が美濃攻略後に城下・城名を「岐阜」と命名 |
| 1600年以降 | 美濃国 / 各藩 | 関ヶ原の戦い後は尾張徳川家が影響力を持つ |
| 1871年(明治4年) | 岐阜県成立 | 廃藩置県で美濃国一円が統合 |
| 1876年(明治9年) | 飛騨国を合併 | 旧・筑摩県の飛騨地域を編入し現在の県域が確定 |
地名の特徴
「岐阜」は都道府県名の中でも数少ない「歴史上の人物が命名した」地名として特筆される。信長が漢籍の知識を活かして付けた地名が、その後の450年以上にわたって県名として存続していることは、地名の持つ強い継続性を示している。関ヶ原の戦いの舞台となった地でもあり、日本史上の転換点と深く結びついた土地でもある。