語源
糸満市の地名由来には諸説あります。古い史料では、1649年(慶安2年)の「絵図郷村帳」や翌年の「琉球国高極帳」に「いとまむ村」と見え、1713年(康煕52年)の「琉球国由来記」では「糸満村」と表記されています。
由来については、海人や漁業に関わる語から転じたとする説が知られています。たとえば、宮良當壯は「イユ・トゥイ・アマミ」(魚捕海人部・いをとりあまべ)の約転とみる説を唱えました。また、伊波普猷は「イト」を岬、「マン」を磯または干瀬の意味と考えました。
糸満町史の編集委員である玉城貫は、「イト」を第一・優れたなどの意味、「アマ」を海人とみて、「優れた漁師」という意味だとする説を紹介しています。一方で、蟹や漂着人に由来する説なども伝えられていますが、確証のある定説はまだ定まっていません。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 江戸 | いとまむ村 | 1649年の「絵図郷村帳」などに見える表記 |
| 江戸 | 糸満村 | 1713年の「琉球国由来記」に見える表記 |
| 明治 | 糸満村 | 近代の行政区画として継続 |
| 昭和 | 糸満町 | 町制施行後の呼称 |
| 昭和 | 糸満市 | 市制施行後の現行名 |
地名の特徴
糸満は沖縄本島南部の代表的な漁業の町として知られ、地名の解釈も海人文化と深く結びついています。周辺には喜屋武や名城など、海と漁撈に関わる歴史を持つ地域があり、糸満という地名もそうした海洋文化圏の中で理解されることが多いです。