🗾 地名由来辞典

大分市 おおいたし

大分県 / 大分市 古墳時代由来

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「大分」の地名は古代の「碩田(おおきた)」に由来し、景行天皇が「広大な国」と称えたことに始まる。「おおきた」が「おおきだ」→「おおいた」へと音便変化して現在の読みになった。

語源

「大分」の地名は、古代の『豊後国風土記ぶんごのくにふどき』と『日本書紀』に記される景行天皇けいこうてんのうの逸話に由来する。天皇がこの地を訪れた際、「広大なる哉、この郡は。よろしく碩田国おおきたのくにと名づくべし」と述べたことが地名の起源とされる。

「碩田(おおきた)」は音便変化によって現在の読みになったと考えられている。「おおきた」→「おおきだ」→「おおいた」という段階的な変化を経て、平安時代には「於保伊多おほいた」(『和名類聚抄』10世紀)として記録されている。漢字表記「大分」は、「分(キダ)」に切り分けた土地の意味を当てたものとも解される。

歴史的変遷

時代記録・出来事
古代「碩田(おおきた)」として豊後国風土記に記載
平安時代『和名類聚抄』に「於保伊多(おほいた)」と記載
古代大分郡として国府が市南方に置かれる
1871年廃藩置県により大分県が成立
1911年市制施行により大分市が誕生

地名の特徴

「大分」という漢字表記と「おおいた」という読みの間には大きなギャップがあり、これが古代の音便変化の歴史を示している。景行天皇が「広大な国」と称えた豊後の地は、現在も大分県の県庁所在地として豊後文化の中心を担っている。

地名の変遷

  1. 古墳 碩田 — 古代の地名。「おおきた」と読む。豊後国風土記・日本書紀に記載

参考資料・出典

最終更新: 2026-06-16