語源
「大分」の地名は、古代の『豊後国風土記』と『日本書紀』に記される景行天皇の逸話に由来する。天皇がこの地を訪れた際、「広大なる哉、この郡は。よろしく碩田国と名づくべし」と述べたことが地名の起源とされる。
「碩田(おおきた)」は音便変化によって現在の読みになったと考えられている。「おおきた」→「おおきだ」→「おおいた」という段階的な変化を経て、平安時代には「於保伊多」(『和名類聚抄』10世紀)として記録されている。漢字表記「大分」は、「分(キダ)」に切り分けた土地の意味を当てたものとも解される。
歴史的変遷
| 時代 | 記録・出来事 |
|---|---|
| 古代 | 「碩田(おおきた)」として豊後国風土記に記載 |
| 平安時代 | 『和名類聚抄』に「於保伊多(おほいた)」と記載 |
| 古代 | 大分郡として国府が市南方に置かれる |
| 1871年 | 廃藩置県により大分県が成立 |
| 1911年 | 市制施行により大分市が誕生 |
地名の特徴
「大分」という漢字表記と「おおいた」という読みの間には大きなギャップがあり、これが古代の音便変化の歴史を示している。景行天皇が「広大な国」と称えた豊後の地は、現在も大分県の県庁所在地として豊後文化の中心を担っている。