🗾 地名由来辞典

三股町 みまたちょう

宮崎県 / 三股町 平安時代由来

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三股町の地名は、古くから地域を流れる川が三方向に分かれて流れる地形に由来するとされる。古文書にも『三俣』の表記が見られ、古くから用いられてきた地名である。

語源

三股町の地名は、古くからこの地域に見られた「川三条、股になりて流れたり」という地形的特徴に由来すると伝えられています。 「股(また)」は川や道などが枝分かれする地点を意味する言葉であり、「三股」は三つに分岐する場所、あるいは三つの流れが交わる場所を表した地名と考えられています。 町の公式資料によれば、その起源は平安時代の史料『延喜兵部省式』に見られる「水俣駅」や、中世の『日向国図田帳』に記された「三俣院」にまでさかのぼることができます。古くは「三俣」と表記されていましたが、後に現在の「三股」の字が定着しました。

歴史的変遷

時代呼称備考
平安水俣駅『延喜兵部省式』に見える駅名
平安三俣院『日向国図田帳』に見える地名
明治下三俣郷勝岡郷と梶山郷の合併により成立
明治三股村宮村・樺山村・長田村・餅原村・蓼池村が合併
昭和三股町1948年に町制施行

地名の特徴

三股町は都城盆地の東部に位置し、大淀川水系の河川が形成した地形の影響を強く受けています。そのため、川の分岐や合流を意味する「股」を含む地名が成立しやすい自然環境にありました。 また、「三俣」「三股」という名称は日本各地に見られますが、その多くは河川や谷筋が三方向に分かれる場所を示しており、三股町の地名も同様の地形由来の典型例と考えられています。 現在の三股町は都城市に隣接する町として発展していますが、その名称には古代から続く地域の自然地形の特徴が受け継がれています。

地名の変遷

  1. 平安 三俣院 — 『日向国図田帳』に見られる古い地名表記。

参考資料・出典

最終更新: 2026-06-16