語源
日立市の「日立(ひたち)」は、神峰神社の高台から見た朝日の景観に由来すると伝えられています。徳川光圀がこの地を訪れた際、「日の立ち昇るさまが領内一」とたたえたことから、「日立」と呼ばれるようになったという説です。
この由来は文献に直接残る確実な記録というより、古老の言い伝えに基づくものとされ、表現や場所には複数の伝承があります。神峰神社そのものを指す説のほか、神峰山頂の奥殿を指す説もあります。
また、市名としての「日立」は、まず明治22年に成立した日立村の村名として現れ、その後、日立町、日立市へと受け継がれました。なお、日立製作所の社名は、この地名を採ったものとされています。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 明治22年 | 日立村 | 宮田村と滑川村の合併で成立 |
| 明治38年 | 日立鉱山 | 赤沢銅山が改称 |
| 明治44年 | 日立製作所 | 日立鉱山工作課の修理部門が分離 |
| 大正9年 | 株式会社日立製作所 | 会社として設立 |
| 大正13年 | 日立町 | 村から町制へ移行 |
| 昭和14年 | 日立市 | 日立町と助川町が合併して市制施行 |
地名の特徴
日立市の地名は、企業名の「日立製作所」と強く結びついて知られていますが、順序としては地名が先にあり、企業名が後から採られたものです。つまり、企業城下町としての印象が強い一方で、地名そのものは地域の伝承に根ざしたものといえます。
また、同じ茨城県内でも「常陸(ひたち)」という古い国名があり、読みは似ていますが、日立市の「日立」は常陸国名の直接の継承ではなく、朝日の景観にちなむ別系統の地名とされています。