🗾 地名由来辞典

宝塚市 ( たからづかし )

兵庫県 / 宝塚市 江戸時代由来

AI生成・人間確認済み

「宝塚」は、そばで物を拾うと必ず幸せがあると伝えられた塚の名です。1680年の検地帳に川面村の字名として現れ、1887年開業の宝塚温泉によって広域の地名となり、1951年の町名、1954年の市名になりました。塚の所在地は市内に3か所の言い伝えがあります。

語源

宝塚市は「『塚』とは市内に数多く残る古墳のことです」と説明しています。市教育委員会によれば市域には300以上の古墳があったとされ、そのうちのいくつかが「宝の塚」と呼び伝えられてきました。

では、なぜ「宝」なのか。宝塚市は公式サイトで、1701年(元禄14年)の地誌『摂陽群談(せつようぐんだん)』の記述を挙げています。市はその記述を「この塚のそばで物を拾う者に必ず幸せあり。このことによって宝塚の名が付いたといわれている」と現代語で紹介しています。塚そのものが宝だったというより、その周辺で拾い物をすると幸運が訪れるという言い伝えが、名の由来として伝わっているわけです。

地名としての「宝塚」は、この地誌より前の記録にも現れます。江戸初期・1680年(延宝8年)の「新田検地帳」には、川面村の字名として「宝塚東」「宝塚南」「宝塚北」の三つが見え、神戸新聞はこれを「地名に宝塚が現れる最初の文書とされる」と紹介しています。17世紀にはすでに小字の名として使われていたことになります(なお Wikipedia は1672年の検地記録とし、年が食い違っています)。

「宝の塚」はどこにあったのか

由来の塚がどれなのかは、決まっていません。

神戸新聞の取材によれば、市教育委員会は「市内で少なくとも3カ所に言い伝えが残っている」としています。

注意したいのは、由来を語る『摂陽群談』が挙げるのは米谷村であって、字名「宝塚東・宝塚南・宝塚北」があった川面村ではないことです。地名として最も古く記録に残る場所と、地誌が塚の所在地とする場所が食い違っています。市域に300以上の古墳があったことを考えれば、「宝塚」と呼ばれた塚が複数あっても不思議はなく、市教育委員会も3か所の言い伝えを並べたままにしています。

小字から市名へ

宝塚のもうひとつの特徴は、小字にすぎなかった名が、温泉と鉄道によって広域地名に育ったことです。

起点は1887年(明治20年)の宝塚温泉開業でした。神戸新聞の記事で歴史学者は「ポイントは温泉」と指摘しており、これによって「宝塚」が一帯を指す地域名として広まります。1897年(明治30年)に阪鶴鉄道が大阪―宝塚間で開通して駅の名となり、1910年(明治43年)には箕面有馬電気軌道(現在の阪急宝塚本線)が通じました。1914年(大正3年)4月1日には宝塚少女歌劇団(現在の宝塚歌劇団)が第1回公演を行い、知名度はさらに高まります。

自治体の名になるのは、そのあとです。1889年の町村制で生まれていたのは川辺郡小浜村で、「宝塚村」は存在しませんでした。1951年(昭和26年)3月15日、小浜村は町制を施行するにあたって改称し、「宝塚町」を名乗ります。さらに1954年(昭和29年)4月1日、宝塚町と武庫郡良元村が合併して宝塚市が発足しました。翌1955年には長尾村・西谷村を編入しています。

歴史的変遷

時代呼称備考
江戸宝塚東・宝塚南・宝塚北1680年の「新田検地帳」に川面村の字名として見える。神戸新聞は「地名に宝塚が現れる最初の文書」とする(Wikipedia は1672年の検地記録とし、年が食い違う)
江戸宝塚1701年の地誌『摂陽群談』が「宝塚 川辺郡米谷村ニアリ」と記す。市はその由来を「この塚のそばで物を拾う者に必ず幸せあり」と紹介する
明治小浜村1889年の町村制施行で成立。この時点で「宝塚」を名乗る自治体はない
明治宝塚温泉1887年開業。「宝塚」が一帯を指す地域名として広まる起点
明治宝塚駅1897年、阪鶴鉄道が大阪―宝塚間で開通。1910年に箕面有馬電気軌道も通じる
大正宝塚少女歌劇団1914年4月1日に第1回公演。地名の知名度をさらに高めた
昭和宝塚町1951年3月15日、小浜村が町制施行に際し改称して成立
昭和宝塚市1954年4月1日、宝塚町と武庫郡良元村が合併して市制施行。翌年に長尾村・西谷村を編入

地名の特徴

宝塚は、全国的には温泉・鉄道・歌劇のまちとして知られていますが、地名そのものはそれらより古く、土地に残る古墳とその言い伝えに根ざしています。温泉が開かれる1887年より二百年以上さかのぼって、この名は字名として使われていました。

一方で、その名を一帯へ押し広げたのは近代の温泉と鉄道でした。1951年に小浜村が宝塚町へ改称した理由を述べた資料は確認できていませんが、温泉・駅・歌劇によって「宝塚」の名が知られたあとに改称が行われた、という前後関係は記録から読み取れます。

市内には、宝梅・川面・米谷・小浜・長尾町といった地名が現在も町字名として残っています。このうち川面は「宝塚東・宝塚南・宝塚北」の字名があった村の名、宝梅は「宝の塚」の伝承地の一つ、小浜は1951年まで自治体名だった名です。一方、合併相手だった良元と、1955年に編入された西谷は、町字名としては残っていません。

特産・名物

宝塚市は、「華の咲くまち」としての美しさと「歌劇のまち」という文化的な側面が融合した、独自の魅力を持つ地域です。特産品や名物は、これらの要素を色濃く反映しています。

■ 宝塚すみれクッキー(スイーツ) 「華野彩ブランド」によるこのクッキーは、無農薬栽培された食用花(エディブルフラワー)を用いて作られており、「目にもご馳走」と表現されるほど色彩豊かです。花の咲くまち・宝塚の美しさをそのまま閉じ込めた、視覚的にも楽しめるスイーツとして人気を集めています。

■ 宝塚牛(食肉) 地域の豊かな自然が育んだ特産品の一つに「宝塚牛」があります。きめ細かい脂と風味を特徴とするこの牛肉は、地元の食材を活かしたグルメとして知られ、食の面からも地域を支える重要な柱となっています。

■ 宝塚歌劇団関連商品(文化・芸術) 宝塚市最大の魅力であり、特産品とも言えるのが宝塚歌劇団に関連するアイテムです。公演ブルーレイや記念グッズなど、華やかな舞台芸術に触れることができる商品は、地域外のファンからも高い人気を誇ります。

これらの特産品に加え、地元産のヨーグルトなどの農産物も豊富であり、地域の文化と食が融合したお土産や体験型コンテンツが充実しています。

地名の変遷

  1. 江戸 宝塚東・宝塚南・宝塚北 — 1680年の「新田検地帳」に川面村の字名として見える。「宝塚」の地名の現存最古の記録。
  2. 明治 小浜村 — 1889年の町村制施行で成立。1951年3月15日に町制を施行した際、村名を捨てて「宝塚町」と改称した。
  3. 昭和 宝塚町 — 1951年に小浜村が改称して成立。1954年4月1日に良元村と合併して宝塚市となった。

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-21