語源
「広島」の地名は、天正17年(1589年)に毛利輝元が太田川下流の三角州に築城した際に命名されたとされる。
最も有力な説は地形由来説で、太田川が形成した広大な三角州(デルタ)地帯を川の「島」に見立て、その広さを「広い」と表現したことから「広島」となったとするものである。築城以前、この三角州は「葦原中島(あしはらなかのしま)」などと呼ばれており、複数の中州が連なる地形だった。
別説として人名由来説もある。毛利氏の祖・大江広元の「広」と、築城地選定に関わった在地豪族・福島元長の「島」を合わせたとする説であるが、築城以前から「広島」と呼ばれていた可能性が高く、地形由来説の方が信憑性が高いとされる。
歴史的変遷
| 時代 | 記録・出来事 |
|---|---|
| 中世以前 | 太田川三角州に葦が茂る低湿地「葦原中島」 |
| 1589年 | 毛利輝元が築城開始、「広島」と命名 |
| 江戸時代 | 福島正則・浅野氏が広島藩を治める |
| 1871年 | 廃藩置県により広島県が成立 |
| 1889年 | 市制施行により広島市が誕生 |
地名の特徴
太田川が形成した三角州地帯という地形が地名の核心にある。広大な川の中洲・三角州を「島」と呼ぶ命名法は各地に見られるが、その規模の大きさを「広い」と冠した点に広島の特徴がある。現在も政令指定都市として中国地方最大の都市であり、平和記念都市として世界的に知られる。