語源
「山形」の語源は平安時代の地誌に求められる。
承平年間(931〜938年)に編纂された『和名類聚抄』に、現在の山形市南部付近が「最上郡山方(やまがた)郷」として記録されている。「方(かた)」は方向・方角を意味する語で、最上郡の政治的中心から見て「山の奥寄り・山側にある地域」を指す地名であった。
「野方(のかた)」「里方(さとかた)」に対して、蔵王連峰や奥羽山脈に近接する山間部を「山方(やまかた)」と呼んだものが、やがて「山形(やまがた)」の漢字を宛てられるようになった。
南北朝時代には、奥州探題として派遣された斯波兼頼(しばかねより)がこの地に政治拠点を置き、地名を採って最上氏と称した。以降、最上氏の城下として「山形」の地名が広く知られるようになった。
県名確定の経緯
江戸時代には山形藩・上山藩・新庄藩など複数の藩が現在の山形県域を分割統治していた。1869年(明治2年)の奥羽再建で出羽国が羽前国(南部)と羽後国(北部)に分立し、1871年(明治4年)の廃藩置県で山形県が成立した。県名には古代からの歴史を持つ「山形」の地名が採用された。
歴史的変遷
| 時代 | 区分・名称 | 備考 |
|---|---|---|
| 平安時代 | 最上郡山方郷 | 『和名類聚抄』(931〜938年)に記録 |
| 南北朝〜江戸初期 | 最上氏の城下 | 斯波氏が最上氏を名乗り山形城を本拠とする |
| 江戸時代 | 山形藩ほか | 鳥居氏・保科氏・堀田氏などが藩主を務める |
| 1869年(明治2年) | 羽前国 | 出羽国が羽後・羽前に分立 |
| 1871年(明治4年) | 山形県 | 廃藩置県で成立 |
地名の特徴
「山形」という地名は「山」と「方(形)」の組み合わせであり、字面から山がちな地形を連想させる。実際に山形県は県域の約80%を山地が占め、蔵王・朝日・飯豊など名峰が連なる。また「山形」は全国に同名の地名が少ない固有性の高い地名でもある。