語源
「大分」という読み(おおいた)は、古来から豊後国の国府が置かれていた**大分郡(おおきたのこおり)**に由来する。「おおいた」という読みはイ音便の一種で、「おおきた(大北)」が転訛したものとされる。
語源には2つの説がある。『豊後国風土記』に伝わる説では、景行天皇がこの地を訪れた際に「広大なるかな、この郡は。よろしく碩田国と名づくべし」と感嘆して命名したとされる。一方、近年の定説は、大分平野は実際には広大とは言えないため、狭く入り組んだ地形に多くの田が造られている様子を形容した「多き田(おおきた)」が「大分(おおいた)」に転じたとする説が有力とされている。
県名確定の経緯
明治4年(1871年)11月14日、旧豊後国内の杵築県・日出県・府内県・臼杵県・日田県・森県・岡県・佐伯県の8県などを統合して大分県が成立した。明治9年(1876年)8月21日に宇佐・下毛両郡が福岡県から編入され、現在の県域がほぼ確定した。
歴史的変遷
| 時代 | 区分・名称 | 備考 |
|---|---|---|
| 律令期(701年) | 豊後国成立 | 豊国を前後に分割 |
| 律令期 | 大分郡に国府 | 大分という地名が行政の中心に |
| 江戸 | 複数の藩が分立 | 杵築・岡・臼杵・日出・佐伯藩など |
| 明治4年(1871) | 大分県成立 | 8県統合で設置 |
| 明治9年(1876) | 現在の大分県 | 宇佐・下毛郡を編入し県域確定 |
地名の特徴
「大分」という地名は漢字の読み方が特殊で、「大」を「おお」と読む例は多いが、「分」を「いた」と読む例は非常に珍しい。この特殊な読みはイ音便による音の変化(おおきた→おおいた)の結果であり、地名の語源を示す貴重な証拠となっている。大分県は日本一の温泉地としても知られ、「おんせん県おおいた」として広く知られる。